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寒稽古 [時事雑感]

今春から武道が中学校の必修科目になるということから、テレビで柔道練習中に死亡事故が多いことを取り上げていた。必修になる武道とは剣道、柔道、相撲だそうだ。相撲は土俵を作らねばならず、剣道は防具が高価なことから、体育館に畳を敷く柔道を選ぶ学校が多いという。柔道の事故は投げられて頭部を強打する致命的な原因によるという。

その特別番組を聞きながら、私の中学の頃を思い出した。体育の時間とは別に必修科目の武道があり、柔道か剣道かの選択制だった。公立学校だが義務教育でなかったから、防具や竹刀は個人負担である。私は虚弱体質のヒョロヒョロだったから柔道は敬遠し、剣道を選んだ。学校の道場の半分が剣道用の板張り、半分が柔道用畳敷きだった。

朝鮮の冬は寒い。朝、居間の金魚鉢が凍って金魚が氷に閉じ込められている。家族が起きて暖房を入れると、金魚鉢の氷が溶け、やがてまた泳ぎだすほど寒いのである。寒いから冬休みも長い。冬休み中に寒稽古というイベントがあった。毎朝6時まだ暗い凍った道を登校する。氷点下10度~13度くらいだった。

道場は窓を全開にしてある。座っていると寒いから動かざるをえない。皆の白い息と汗が霜となって床に落ち、凍って滑る。日が昇りきるまで2時間程の稽古であった。

当時の武道は忍耐力を養う精神性の高いものだった。もちろん運動神経の優れた生徒は4年生か5年生で講道館の初段を取る者もいた。

今騒がれている柔道事故のような頭部の事故はなかった。投げられた時に頭を守る基本的な受け身の技をみっちり仕込まれるからだ。1年生は受け身の稽古に終始していたと思う。私が目撃した負傷は白熱した学校対抗試合での、腕をきめられての脱臼か骨折だった。現在でも接骨院といえば、柔道整体師という柔道の高段者がやっている由縁である。

まともに受け身の技を身につけぬうちに、先輩や教師から投げつけられるから頭を打つ。テレビで警告していたのはまさにこれである。大阪の教育委員が中学では受け身をマスターするだけでいいのではないかと言っていたが私も同感である。

昔の武道は修身という徳目教育と並立した精神教育だった。昔もいじめはあったが、いじめや喧嘩で武道を使う者はいなかった。徳目教育がない今、いじめに武道が使われるのを恐れる。ホームレスのいじめに使われてはたまらない。

武道の他にダンスも必修科目になるのだそうだ。こちらの方は正直私には羨ましい話だ。

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新春ハイキング [時事雑感]


 19日この老人ホームのハイキングだった。ホーム主催の行事ではなく、有志による同好会のようなものだ。年に2.3度世話役のO氏とM氏が企画して下さる。

新春とあって神戸市内中心部の三社参りとなった。男女合わせて19名が参加。ハイキング会の参加者は、高齢者としては健脚の持ち主だから、おのずから同じ顔ぶれになる。最初は松の内の11日に歩く予定だったが、昼食会場の神戸会館が休日だったため、三社参りとしては遅くなった。長田神社、湊川神社、生田神社の順に歩く。

冗長を避け省略するが、長田神社「主祭神は事代主神(ことしろぬしのかみ)」と生田神社「主祭神稚日女尊(わかひるめのみこと)」は、いずれも古代神宮皇后の朝鮮出兵からの戻りの航行の安全とゆかりのある神社とされ歴史が古い。湊川神社は南北朝時代、南朝側の武将、楠正成を祀る。南朝を正統とする明治天皇が忠臣の鑑として開設した。
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(長田神社)

全国どの神社にも主祭神の他に複数の神が祀られ、神様のコンドミニアムをなしている。各神社の崇敬会の会員は別として、一般庶民にはどの神様でもどうだっていいことなのだ。何しろ日本には800万もの神がいるそうだから。

拝殿に立って賽銭を上げ、二礼二拍一礼の古来作法に従うと、我々の世代では心中にある種の安堵を得るから妙だ。異文化から来た外国人にはわからない精神作用だろう。
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(長田商店街、今年の大河ドラマ平清盛が町おこしに繋げようとの意気込みだが)

前日まで乾燥注意報が出放しだった神戸も、生憎というべきか、慈雨というべきか雨になった。二社目の湊川神社から生田神社までは距離がある。ここで半分近くの方が止めた。
週日の雨天ときては、神社も商店街も人影はまばらであった。

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(湊川神社)

私とFさんは皆さんより遅れて、二人で生田神社を目指した。Fさんは今年卒寿だという。昨年秋のハイキングの時88歳で市役所から米寿祝いを貰ったと言っていたのに。何故ですかと聞くと、数え年だと卒寿になるのだそうだ。役所は満年齢で米寿としたのだろう。

皆さんとはぐれた。O氏から貰った地図では皆さんは南京町を歩いているはずだが、我々は雨を避け、元町アーケード街を歩いて生田神社へ行った。Fさんの妹さんが60年前この神社で結婚式を挙げたと言い、懐かしくなったのか、携帯電話を取り出して妹さんと話をされた。
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(生田神社)

結局他のメンバーと再会することができず、二人でコーヒーショップで休憩して帰途に就いた。Fさんは卒寿にしては、パソコン愛好家である。知りたいことをネットで検索するとたちどころに分かる。便利なものですなと言う。パソコンオタクの私と話が合う。

 さて遅い三社詣でになったが、初詣に三社詣でをするのは古くから西日本、特に九州地方に伝わる慣習だそうだ。関東方面ではどうか知らないが、今では関西では広まっている。神社側と旅行社の利害が一致することによるPRの成果だろうか。

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阪神淡路大震災17周年に思う [時事雑感]


1995年1月17日朝5時47分地震発生の直前に目覚まし時計が鳴った。当時はまだ現役で一人暮らしだったから、アラームは45分にセットしてあった。マンションの3階にいた。そのことは、依然このブログで書いたから、ここでは繰り返さない。

日本では自然災害の経験から学習して、次の災害に備える。この地震が起こるまで、地震対策の想定規模は1923年(大正12年)9月1日発生した関東大震災だった。相模湾を震源とするM7.9、東京、神奈川県を中心に10万5千人が犠牲になった。以後地震対策はこれを基準に進められてきた。建物の耐震・耐火基準、避難訓練もそうであった。

17年前の阪神淡路大震災はM7.2とスケールは関東大震災より小さかったのは、活断層のズレで被災範囲が限定的だったからだ。それでも犠牲者は6千400人を超えた。

関東大震災の大正時代には、埋立て造成の宅地も高速道路もなかった。阪神大震災で液状化や地滑りの被害を経験した。新しい基準が生まれた。活断層の分布も調べられた。しかし大津波も原発被害も経験しなかった。

 昨年3月の東日本は未曽有のM9、阪神大震災が小さく思えるほどの規模である。巨大津波の範囲も大きかった。想定外と言ってよい。だが一部専門家は、また野党もそうだが、後で知った知識を基にして、いや想定外とは言えない。想定できた範囲だと言う。私にはそれが気に入らない。じゃあ、なぜ去年の3月前に声を大にして言わなかったのと言いたくなる。

人間は災害が起きた直後は、次の地震がすぐ起こるように思って対策に奔走するが、大地震は人間の寿命の何倍もの間隔をおいてやってくる。まして人間というものは、辛いこと早く忘却の彼方に押し流したい本能がある。

昨年大阪の木津川べりに155年前の大津波の慰霊碑を見た。忘れないように時々墨を入れて欲しいと刻んであった。今回の大津波でも、「ここから下に住むな」と先祖が刻んだ碑を無視して、海近くに住み被害にあった町もある。現在海岸の埋立地や山を削って盛土した造成宅地に住んでいる人たちは、300年~1000年という周期でやって来る大地震に備えて、引っ越すことは、可能だろうか。たまたま自分の代に発生したら、それは不運というものであろう。

とまれ、阪神淡路大震災、東日本大震災で不運だった犠牲者の方々のご冥福を祈る。




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誘惑 [時事雑感]

 元旦に今年の目標は「断捨離」にしようと思った。その矢先のこと、1月2日朝にAppleから初売り案内のメールが入った。本日24時までに限り全製品が10%近く安く、送料も無料とある。Apple製品は、量販電器店でも値下げしない特別扱いの感がある。iPad に関心があった。デビユーの時マスコミが大きく取り上げた。「断捨離」の手前、大いに悩んだ。

Apple社のメールにリンクされたHPでiPadのPRを何度も見ながら、23時40分、遂に誘惑に屈した。Appleから注文成立の確認メールが届いたのは、締切15分前の23時45分。それから2日後、新しいi-Pad2が届いた。

http://www.apple.com/jp/ipad/
ところがi-Padには取扱説明書が付いていない。パソコンでAppleのホームページからダウンロードしてなくてはならぬ。最近のIT機器はこの方式が多くなった。機能が多岐に亘り、かつ相互に関連しているから、紙の説明書だと、あちこちめくって見るのが面倒だ。ネット上ではハイパーテキストだから関連ページにクリックで飛べる。メーカー側としても印刷のコストが省け、誤記があれば即座に修正できる利点がある。

だがAppleの説明書はアメリカ版の翻訳文だから、日本語としては読み易いとは言えず、専門用語は最初から分かっていることを前提として書かれている。最初のセットアップから躓いてしまった。

心斎橋のApple直営店の2階でワークショップという講習をやっているのを知り、ネットで。「iPad入門」コースを予約した。老若男女30人くらいいた。インストラクターがデモ用のMacノート パソコンと連動した大きなスクリー(MicroSoftではパワーポイントに相当か)に映し出して、iPadの基本的な使い方を1時間で話す。時間が限られているから同じことは二度言わずどんどん進み、あっという間に終わり、質疑応答の時間もない。

「引き続きIPad中級コースをやります。希望の方はそのままお待ちください」というのを聞き流して出た。まだセットアップも済んでいない私としては、時間の無駄だ。当座の問題の解決にならない。マンツーマンの相談はまた別に予約を取らないとやってくれないシステムだ。

Apple はその製品の評価は高いかも知れぬが、直営店は世界で300店舗、日本国内には6店しかなく、オンラインstoreが主体で、サービスも電話か、HP上でのQ&Aで該当する問題を検索して答を探さねばならぬ。

仕方がないから、帰途にヨドバシカメラに寄って、参考書を求め、オンラインの説明書と読み比べながらマイペースでぼつぼつ取り組むことにした。何とかセットアップし、無線LAN WiFi経由でインターネットに繋がるようになった。

 物欲を捨てきれない凡人は、限定販売という言葉に弱い。「断捨離」の決意は揺らいだが、どうせ先行き短いのだ。命あるうちは知的好奇心を失わない方が大切だと、自分で自分に言い訳し納得させた。

 蛇足ながらこのiPadもデザインはアメリカ、製造は中国である。中国で海賊版が直ぐに出るわけだ。
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年賀状 [時事雑感]


正月も7日になった。年賀状を整理した。年賀状は平素交流が疎遠になっている知人の消息を知る機会でもある。

「謹賀新年。旧年中はお世話になりました。本年も相変わらずよろしく」と万人向けの印刷文だけを、もう何年も会っていない人から頂くと、こちらは何もお世話した覚えがないよと言いたくもなるが、それでも発信人の暮らしぶりや性格まで想像できる。こんな人は多分忙しくしていて、賀状を量産するが、細かい気配りをしない人だと想像する。

親戚や、親しくしている若いカップルが子供の成長ぶりを写真で送ってくるのは微笑ましいし、子育て頑張っているなと思う。

しかし、また年に一度あるかないかの消息に、孫の写真だけをプリントしてくる人がいる。
せめて本人を交えた家族写真ならいいのに、いくら目に入れても痛くない孫であろうが、こちとらは生涯会うことはないのだから、これはまさに親バカならぬ爺バカのミーイズムではなかろうか。私としてはご本人の消息が知りたいのだ。

ミーイズムと言えば、現役時代の会社の取引銀行の幹部からの年賀状に、私的な旅行に行ってきたことを得々と綴られていて、バカじゃなかろかと、その公私混同ぶりに呆れたことがある。

毎年律儀に年賀状を下さるのに、毎年郵便局の「番号違い」のスタンプが押されてくるのもある。そういう方にはこちらから出す年賀状の郵便番号を赤枠で囲って、それとなく注意を喚起しているのに、名簿を直して頂けない。

さて同級生たちは、自分の動静を知らせてくる。病気だとか、足が弱って外出できないとか、元気でいるとか。

また海外の友人もクリスマスカードは記入面積が多いから、近況を書いてくる。昨年は消息の分からなかった英国ケント州ディールのモリーンさん、ご主人からのカードによると、彼女は認知症で介護施設に入っているとのこと。彼女はホームステイのホストファミリーだった。

また私がNOVAに初めて行った時、体験レッスンをしてくれたメルボルンのヘレンさん、最近体調不良で弱っているとカードにあった。メルボルンに遊びに行った時案内役をしてくれた。

カナダPEIのバーバラさん、心臓の手術を受けたが順調に回復していると、ほっとさせる。
韓国春川の金さん、認知症だとご子息から英語のメールだった。

歳月の流れはあまねく平等だ。来年も年賀状が出せるか、受け取れるかは知る由もないが、形式だけの虚礼はもう止めたいものだ。

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2012年を迎えて [時事雑感]

年賀状水仙.jpg

また新しい年を迎えた。実は大晦日の夜出発して深夜伊勢神宮に到り、初詣の後、知多半島師崎港よりチャーター船で海上での初日を観るバスツアーを申し込んであったのだが、申込者不足で催行中止に。我が家からは海に沈む太陽は見えるが、海から上るのは見えぬ。それで大いに期待していたのだが残念であった。

今日は遅く起床して我が家伝統の雑煮を作って一人で祝い、リハビリ中のMさんに付き添って近くの海(かい)神社に参詣する。海神社は神宮皇后三韓出兵にゆかりのある古い神社で、国道2号線を挟んで垂水漁港に近い。

2号線沿いに長い参拝者の行列ができていた。最後尾に付き拝殿に達するのに40分くらいかかった。老いも若きもそれぞれの願いをかける。つい1週間前のクリスマス同様、日本人にとって初詣も年中行事の一つであって、宗教的行為ではない。
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Mさんは一時車椅子に乗っていたが、その後歩行器、今では杖だけにまで回復した。今日はホームから海神社まで初詣送迎バスをチャーターしたが、Mさんはバスのステップの昇降がまだできないとのことで、一緒に歩くことにした。
2012初詣21.jpg


最近健康寿命という概念がある。平均寿命とは寝たきりでもなんでも、とにかく生きている、心臓が止まるまでの期間だが、健康寿命とは介護を必要とせず自立できている期間をいう。当然ながら平均寿命より数年短くなる。男女とも日本が世界一だ。
厚生省の統計では2010年の平均寿命は男性79.64 女性は86.39、これに対し健康寿命は男性73歳女性78歳という。
私もそうだが、Mさんも介護付き老人ホームにいて、介護を受けない健康寿命の維持に挑戦しているといえる。

厚生労働省では増え続ける社会保障費の増加を抑える必要もあって健康寿命を延ばすスマートライフ・プロジェクトなるものを立ち上げている。
http://www.mhlw.go.jp/seisaku/2011/02/01.html

介護付き老人ホームというのはバリアフリー構造で、階段以外は館内に全く段差がない。廊下から玄関、室内、浴室、トイレ、キッチン、ベランダ、全て同一平面にある。そんな暮らしに慣れてしまうと、段差のある外へ出ると転倒の危険が増す。健康寿命は身体だけでなく、また脳も活性化している状態のことだ。

既に日本男性平均寿命も平均健康寿命も過ぎてしまった私である。この上は健康寿命を稼ぐことが社会保障費を節約し、世のため、人のために役立つことと思い定めて今年を送りたい。


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最近の出来事から(2) [時事雑感]

☆マニフェストは絶対のものか
民主党の小沢氏に近い9名が野田内閣のマニフェスト違反に反旗を翻した。消費税を上げなくとも済むなら、お互いそんな幸せなことはない。誰しも大歓迎である。

世界一の超高齢化国家、国債発行残高が900兆円という世界一の借金大国、先進諸国の中で世界一低消費税率の日本が続いていく妙案があるのなら小沢派はそれを示して欲しい。
少なくとも民主党がマニフェストを策定した時は、今次大震災は想定外だった筈だ。

衆議院落選のセーフティネットの役割になっている参議院の廃止、高齢でも財界、政界での高額所得者、高額資産家への年金停止などはどうだろう。
(政府債務残高のGDP比、国際比較)
債務残高国際比較グラフ.jpg

☆泣き女 
今はどうか知らないが、中国・朝鮮では古来葬式に泣き女を雇う習慣があった。女たちは人前では大声を上げ、地を叩いて号泣するが、休憩時間がくると無駄口叩きながら笑っている。

北朝鮮の偉大なる将軍様のために慟哭するのは、別に金で雇われた泣き男、泣き女ではないだろう。泣きっぷりで忠誠心が試されていると思うから、テレビカメラの前では派手に泣いてみせるのだという。

何の実績もなく28歳で大将に任命された金正恩、一方軍服は派手だったが、死ぬまで大佐で終わったカダフィー。彼を大将に任命する彼より偉い人がいなかった。独裁者の悲劇。

☆女子挺身隊
「戦地で戦っている皇軍兵士を慰める愛国的女性を求む」戦時中新聞に慰安婦募集の広告があった。私は子供心に兵隊さんにお酒のお酌でもする女の人のことかと思った。慰安婦が売春婦と知ったのはずっと後のことだった。

韓国では女子挺身隊=従軍慰安婦という誤った歴史認識がある。女子挺身隊は、兵隊に行った男子の人手不足を補うため、戦時国民総動員法に基づく女子挺身勤労令により、日本人・朝鮮人の区別はなく14歳から25歳までの独身女性を動員した。私の姉も女子挺身隊として動員され、市庁で無給で事務を執っていた。
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rs19-519.htm

戦後、日本人がいなくなった朝鮮総督府かソウル市庁の地下倉庫に女子挺身隊名簿が発見され、韓国のマスコミが女子挺身隊を慰安婦と曲解して報道したから騒ぎが大きくなった。

戦争の時は日本軍に限らず占領地では強姦が頻発する。それを防ぐために慰安所が作られた。日本の色町の経営者も娼妓を連れて参加したという。もちろん金儲けが目的である。題名は忘れたが有馬寧義の小説で読んだことがある。

また私が戦後勤務した工場で、兵隊として戦地で慰安所を利用した先輩たちの話も聞かされた。1回5円だったということも。

今のマスコミも日本政府も戦争を知らない世代になっているから、女子挺身隊=慰安婦との韓国の主張を鵜呑みにしている人が多いし、敢えて真相を詮索しようとせず、臭いものには蓋である。


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金正日の死に思う [時事雑感]

 去る12月10日(土)から同月16日(金)までの1週間が日本政府による「北朝鮮人権侵害問題啓発週間」であった。政府の広報HPでは、拉致被害者を必ず取り返すと誓い、山岡拉致問題担当相は全力を挙げると言った。
http://www.rachi.go.jp/index.html
国交のない国に対して何ができるのか。歴代の担当相のリップサービスでしかない。被害者家族ももはやは日本政府を当てにしていない。

奇しくも今年の啓発週間が終わった直後の金正日の死去である。マスコミは一大ニュースとして取り上げ、連日ポスト金正日はどうなるか、拉致問題はどうなるのか論議盛んである。

このブログでも北朝鮮問題を何度か取り上げた。朝鮮半島はいわば私の故郷であり、北朝鮮で小学校へ入学したから、いささか関心がある。

「拉致は悪うございました。あってはならないことでございました」ピョンヤン空港に迎えに来たガイドのミセス金が言った。小泉元首相が訪朝し、金正日が拉致を認め謝罪した後だったから、国営朝鮮国際旅行社としては、国交正常化が近いと期待して日本部を設け、日本語堪能なガイドを11人置いていた。あれからもう7年にもなる。
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(日本語ガイドキムさんとチェ君。高麗ホテルロビーにて。電力不足で照明を落している)

金正日は拉致問題を自ら独裁者の面子を捨ててまで謝罪することで、日本との国交を開き、疲弊した経済を南朝鮮の独裁者朴正熙のように日本の援助を得て再生したかったに違いない。
しかし、日本は外交関係を開こうとしなかった。多分にアメリカに遠慮してのことだろう。現在、国連加盟国は北朝鮮を含め193ヵ国というが、その中で北朝鮮と外交関係のないのは、アメリカ、フランス、日本、韓国など10ヶ国あまりに過ぎない。もし外交関係があれば、互いに公使館、領事館を設置でき、拉致問題も含め諸問題の交渉や情報収集の場となるだろう。

六か国会議のメンバーで中国、ロシアは北朝鮮の友好国であり、アメリカ、韓国はまだ朝鮮戦争の休戦状態だから外交はない。日本が6か国会議のメンバーなのは何故なのか。
今の日本は親の背中に隠れて後ろから喧嘩相手に毒づいている子供のようなものだ。

拉致問題は6か国協議の議題ではない。国交のないアメリカは、アメリカ市民が拘束されると、直ちにカーター前大統領が非公式特使としてピョンヤンに乗り込み取り返してくる。最近は飢える北の子供たちのために人道的食糧援助を行おうとしている。

日本の拉致被害者は、自国政府は頼みにならないからアメリカへ陳情に行く。アメリカ政府は立場上ひたすら激励するほかはない。

韓国の拉致被害者と日本のそれは、全く性質が異なる。元々一つの国が朝鮮戦争というソ連・アメリカの代理戦争をして、国土と人々が引き裂かれ、たまたま北の占領地にいた南側の人たちが結果的に拉致された。

(注:朝鮮民主主義人民共和国では韓国は自国の一部として南朝鮮と呼び。韓国も北朝鮮は自国の一部として北韓と呼ぶ)


拉致を認めて謝罪した独裁者が死んだ今、後継の若い将軍は、あれは過去の問題、私の与り知らぬことと無視するのか。スイス留学で少しは西側の空気を吸った彼に期待して、戦略的外交を展開するのにアメリカに遠慮する必要はないと思うが、難しい問題は何でも先送り主義の現在の日本政府にできるだろうか。

日本には朝鮮民主主義人民共和国に忠誠を誓う朝鮮総連がある。この人たちも祖国へ帰る気がないのなら、日朝間の架け橋的役割を果たして欲しいと思う。
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(ピョンヤン青少年宮殿で、コンピュータ教育を受ける少年達、ここにも偉大なる領導者の写真がある)


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三連打 [時事雑感]

師走に入って、期せずして忘年会が三回続いた。11日の月曜日、大阪難波でシニア・ウエブのランチ・オフ会。シニア・ウエブは全国に会員が1000人ぐらいのSNSである。50歳代から80歳代と年齢層が厚い。京阪神地区の会員がミニオフと称して年に何度か顔を合わせる。Old Joeの名で加入してからもう10年近くなる。

月曜日の昼とあって、仕事の人もあり、やはり参加は少なかった。この日は老親を介護していて夜のオフにはちょっと、という方の慰労とストレス発散の場として、世話人が敢えてランチ会にした。ネット上で使うハンドルネームで呼び合うが、気心が知れると実名も隠さない。

仕事と老親の介護をしている人、配偶者の介護をしている人、退職後世界100か国の旅行を目標にして着々実行している元気人等々、人生模様は多彩である。

その夜は神戸の長田で私が最後に勤め上げた会社のOBとの忘年会だった。ランチ会との間の時間が余るので、時間調整に三宮で途中下車して映画を一本観た。近未来(2020年代)のSF映画だ。結構面白かったがここでは措く。日を改めて取り上げる。

夜の部はその昔、私の交渉相手だった労組の元委員長(その後課長に昇進)2人、機械設計の技術屋さん、私の担当部門の課長だった人の4人である。当然私より歳は若いが、どうしてこのメンバーが集まるようになったのか、はっきりしないが、いつしか毎年1回12月に会うようになった。

神戸の長田の街は16年前の阪神淡路大震災で火の海となった。倒壊した家屋の下敷きになり、生きながら焼き殺された人も多かった。今は区画整理の下で復興している。不死身の鉄人28号の巨大な像が復興のシンボルになっている。
鉄人28号.jpg
(長田鉄人28号プロジェクトのHPより借用)

さて3連打の最後の会合は滋賀県長浜である。前にもこのブログ上で自己紹介的に書いたが、長浜は父の故郷である。朝鮮半島で南北離散家族となり、南側の私たちは先に父の故郷に引き揚げた。

就職したのはディーゼルエンジンのメーカーである。試運転工場に配属された。まだコンベアーシステムがなく、組立工場からトロッコに載って運ばれてくるエンジンに燃料油、潤滑油を入れ、燃料噴射時期、吸排気弁のタイミングなど各部を調整した上で始動し、1時間ほど慣らし運転をして塗装工場に引き渡す仕事である。当時は部品の加工精度にバラツキがあり、自分で分解して交換しなければならぬこともしばしばだった。

子供の頃から機械好きだったから、先輩に付いて、見よう見まねで、生まれたばかりのエンジンに命を吹き込むようなこの仕事が面白く、油にまみれ働いた。やがて部品検査部門に配転された。お蔭でディーゼル機関の仕組みや、図面の読み方、ゲージの使い方、100分の1、1000分の1mmという精度で計測することも初めて学んだ。長浜は私の社会人としての出発点である。販売促進の一環として動員され、アフターサービスに農村を巡回したこともある。

その当時のOB会の集りがあると誘われ、二つ返事で出て行った。あいにく今年は故障の会員が多く、ここでも8人しか会えなかった。私が大阪の本社に転勤後に入社した人もいた。

「会社を辞めて何年にもなるのに、わし等まだ会社の動向が気になりまんな」と言う愛社心は日本独特のものだろう。それが日本の成長を支えた。その愛社精神が偏向して、マイナス面で顕在化したのが、王子製紙やオリンパス事件ではあるまいか。

私は部品検査の後、事務所勤務になり、工程管理、生産管理、機械計算と渡り歩いた後、大阪本社へ転勤、生産管理部、原価管理部と、およそ現代の普通のサラリーマンでは考えられないほどの全然異質の業務に携わることができた。社費で原価計算やコンピュータの講習や海外研修にも出させていただいた。

グループ内の関東の工作機械工場に原価管理、資材管理のため出向したが、ここは当時、闘争的だった総評・全国金属の階級闘争拠点に選ばれ、反合理化闘争を繰り広げるから、なかなか成果が上がらず、結局は上場廃止・閉鎖に追い込まれたのが痛恨の思い出だ。

私には学歴らしいものはないが、仮に学校へ行けたとしても、戦中戦後の混乱期だったから、ろくに学問はできなかっただろう。まさに良い上司と部下と幸運に恵まれたとしか言いようがない。死にたいと思うほど辛いこともあったが、人間年を重ねると苦しかったことさえも懐かしい思い出になるものらしい。

三連打となると、さすがに血糖値が上がってしまった。

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大詔奉戴日 [時事雑感]

今どき、この言葉を覚えている人口は少ないだろう。70年前の1941年12月8日、日本は米国、英国との太平洋戦争に踏み切った。大詔とは宣戦布告の詔勅を指す。

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緒戦の勝利に国民もメデイアも熱狂した。絶対的な国力の差から、日ならずして劣勢に転じ、一般市民を含む300万人の命を失い、国土を焦土として1945年8月15日日本は降伏した。大詔奉戴日は国民の戦意をかき立て、団結を訴える記念日とされたが、4回目を迎えることはなかった。
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この時期になるとNHKは戦争回顧の特番を組む。当然のことながら、戦争の不条理や悲惨さを訴える内容である。今年は、間もなくいなくなる戦争生き残りの元兵士たちの証言が放送された。個人のレベルに尺度を当てると、戦争はいかにも残酷である。負けた国でも、勝った国でも。

開戦は当時ABCD(America, Britain, China, Dutch)ラインで経済封鎖された資源のない日本がやむなく起こしたにせよ、経済封鎖された原因は、宣戦布告もせずに長年中国の無辜の民を殺戮し続けた日本側にある。軍の暴走と、それをコントロールできなかった政治家の責任である。

この戦争で得られたものを敢えて肯定的に挙げれば、日本が民主主義の下で発展したこと、開戦当時、東アジアのほとんどの国が欧米の植民地であったのが、例え当時は傀儡だったかもしれぬが日本が独立させ、それらが戦後続々と独立を果たしたことだと思う。

最近の内閣府の世論調査によると、アメリカに親しみを感じると答えた人が82%とこれまでの最高だったそうだ。若い世代にはもう日本がアメリカと戦ったことさえ知らない人がいるそうだ。

今この瞬間でも、地球上のどこかで、正義の名の下に戦って死んでいく多くの個人がいる。戦いはその双方にとって常に正義の実行なのだ。

さて、私事だが、私たち一家は敗戦により南北朝鮮に分断された。南にいた私たちは家財産を没収され、家畜のように貨車に詰め込まれ、すし詰めの船で日本の地に辿り着いたのは、偶然であるが4回目の大詔奉戴日に当たる日であった。

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最近の出来事から [時事雑感]

☆沖縄防衛局長の不適切発言が波紋を呼び、同局長の更迭、防衛相の問責決議案の騒ぎに。発言の内容は不適切だったかもしれないが、発言は報道しないことが前提の非公式の定例懇談会だったという。全国紙を含む9社が参加したそうだ。それを地元琉球新報が素破抜いて騒ぎが大きくなった。

オフリミットだったはずの談話を報道されて命取りになった高官や政治家は他にもある。私は発言内容を支持しないが、このような記者のルール破りも支持しない。記者が義憤に駆られたのなら、局長、今の発言はオフリミットでは済みませんよと注意して取り消させるべきではなかったか。

そもそも沖縄基地移転問題のこじれは、口軽に県外移転を公約し、その後アメリカ大統領にTrust me !と言った元首相の責任だと思う。We can’t trust you。と問責すべき相手が違う。

もうそろそろ、勇気あるメディアは、沖縄から米軍基地をなくしたらどうなるか、世界における日本の安全、沖縄の経済、雇用にどう影響するかのシュミレーションを試みてもいいのではないか。


☆大阪秋の陣、知事を下りて市長へ。知事は同志の府議。記者会見では市長の陰で知事は存在感が薄い。なんだかロシアの首相と大統領の関係を連想したのは私だけではあるまい。プーチン首相は次の選挙で大統領に戻る。新大阪市長は大阪都知事を目指す。

広域化行政は財政基盤の弱い自治体でこそ必要だろう。大震災で人口を失った市町村ほど急がれる。明治以来の県割は、戦国時代の勢力争いの結果としての大名時代の藩に由来しているのではなかろうか。そんな県境にいつまでもこだわる必要はあるまい。

☆福井女子中学生殺人事件で7年の刑期を終えた前川さんの再審が決まった。彼は一貫して無罪を主張していた。一審で無罪だったのに何故か二審で有罪となった。刃物で滅多刺しの残虐な殺し方にしては、懲役7年は当時と今の刑法の違いを考慮しても、短く思える。二審の裁判長も躊躇ったのだろうか。もし彼が15年、20年と長期刑を宣告されていたら、再審請求の活動もままならなかっただろう。

人が人を裁くのは難しい。警察や検察はどうしても犯人を挙げたいだろう。それが法治国家の司法の責務である。無罪となったことに焦ったのかも知れない。相次ぐ冤罪をなくすために、警察も検察も自らの面子に固執するのだけは止めて、真犯人を追及して欲しい。

☆果たせるかな、アメリカは国際宇宙ステーションISSへの興味を失い、オバマ大統領の鶴の一声で火星を目指す。月に人間を送ると宣言したのはケネデイ大統領であり、ISSはレーガンだった。火星に生命の痕跡があったと判明しても、今更どうなることかと思うのだが。

エジプトのピラミッド構築は、実はナイルの氾濫で耕地を失う人民の雇用対策としての公共事業であったと見直されている。オバマさんの宇宙開発もそうなのか。ロシア、中国までも火星を目指しているという。中国は国内の不満のガス抜きという国家威信の発揚が目的かもしれない。



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100,000 [時事雑感]

このブログの管理ページを見ると、閲覧数累計が11月25日10万を超えた。駄文に付き合って下さった読者諸氏に感謝したい。

So-netの解説によると、閲覧数(ページビュー)と訪問者数とは別で、1回の訪問で閲覧されたページ数をいう。つまりページ毎のアクセス数の累計が10万を超えたということだ。

以前ホームページ「Old Joeの部屋」をアップしていたサーバーが、運営会社の都合で閉鎖された。閉鎖まで予告期間があったから、他のサーバーに引っ越しすればよかったものを、パソコンのリカバリをしたり、パソコンを買い替えたりして、折角書き溜めた元のファイルまで喪失し、「Old Joeの部屋」の再建が不可能だった。

それで更新操作が比較的簡単なブログに変えた。「更新は不定期、できる時に」と身勝手なことを標榜して始めてから、5年と2か月かかった10万である。

著名人のブログなら10万のアクセス数は1日分にも満たないだろう。10万という数字はブロガーとして胸を張れる数字ではなかろうが、私自身はむしろ5年2か月という、流れ去った時間の速さに今更のように呆れてしまうのだ。

最初の数行だけ表示し、「続きを読む」をクリックさせる形式のブログが少なくない。一画面に表示できる項目を増やすためか、あるいは広告スペースのためかもしれないが、「続きを読む」をクリックして頂くには、最初の数行に読者を惹きつける文章力か、興味をそそる内容の提示がなければならないと思うから、自信がないので全文を提示する方式を採っている。

私のブログは叙事的記述が多い。心に響く美しい抒情的な文も書きたいと思うのだが才に欠ける。叙事的な記述は長すぎるとのご批判も頂く。それでも脳を使って文を紡ぐことが認知症予防の一助になるかもしれぬとの思いで続けている。

20日の日曜日、第1回神戸マラソンがあった。2万3千人が走ったという。私のいる老人ホームの傍の道は、折り返し地点に向かう人、既に折り返してゴールを目指す人の波で賑わった。
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閲覧数累計100,000の節目が、折り返し点であればいいと、書ける限りは続けたいと思う。もし、更新が無断で2か月滞ったら、もう書けなくなっていると思って下さってよい。

ご訪問有難うございます。
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最後のダルマ夕日 [時事雑感]

今年はもう我が家から見ることはあるまいと思っていたダルマ型夕日を、思いがけず22日に目撃した。我が家から見える播磨灘は、明石大橋の下を通して見える限られた範囲である。その中に家島列島の島々が水平線を隠すように横たわっている。日本列島の天候は西から変わる。晴天が続いても長続きしない。

西の空が晴れて、水平線に直接沈む太陽を見る確率は年間を通じて少なく、ましてダルマ夕日を目にする機会は年に2度か3度しかない。22日の落日は大橋の南端、ぎりぎり淡路島北西の角寄りだった。カメラ内蔵の時計で4時50分ごろ。
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太陽が水平線に近づくと、まるで迎え入れるように水面から別の太陽が頭を擡げる。
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上下の太陽が合体した瞬間ダルマ型になる。ほんの束の間の現象である。
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この一瞬を狙って多くのカメラマンがやってきてカメラの放列を敷く。気象条件がダルマを創り出す。気温が下がり海水との温度差ができた時、海面から立ち上る水蒸気が光を屈折させる、蜃気楼の一種だそうだ。

ダルマ夕日が見えるまちを謳っている高知県宿毛市でも、きれいに見えるのは年に10回程だという。宿毛市のホームページから↓。
http://www.city.sukumo.kochi.jp/kankou/daruma/index.html
宿毛市観光協会のホームページ↓
http://www.sukumo-darumayuhi.jp/

ちなみに太陽の直径は地球の110倍、140万km.地球との距離は1億5千万km.天文学的には8.3光分つまり太陽の光は8.3分かかってで地球に届いているという。

地球から600km上空に打ち上げられているハッブル宇宙望遠鏡は何億光年もの彼方の銀河系や恒星の誕生や消滅を映し出す。人類が誕生する遥か以前の出来事が、時空を超えて私たちの前に提示される。人類がどれほど小さい存在か思い知らせる。

たかだか地球から400km上空を回る国際宇宙ステーション(ISS)、宇宙、宇宙と騒ぐが、宇宙のほんの入り口を這いずり回っているに過ぎない。私は宇宙ステーションの効用について、かねて疑問を持っている。レーガン大統領がISS計画を提唱した1980年代、世界経済は好況だった。米ソの冷戦は終わり、日本はバブル経済に沸いた。世界第二位の経済大国となった。

しかし、実際にISSが建設され始めると、これもアメリカ製の金融デリバティブ商品の破綻に端を発して、世界は不況の坂を転がり落ちた。レーガンさんはアルツハイマー病で亡くなった。

ISSに自前の研究棟を持っているのは米、露、日の三ヵ国だけで、欧州各国は共同で一棟を持つ。今やその維持費はどれ程かかっているのか。スペースシャトルが引退した今、ISSとの往還はロシア頼みである。ロシアにどれほどの運賃を払っているのか。仕訳人たちはそこまで踏み込まないからわからない。

地球上には膨大な資金を必要とする案件は他にいくらでもある。日本人宇宙飛行士が無重力の状態で空中に浮きながら、テレビで地球の子供たちに手を振るのを、私は冷めた気持ちで観ていた。今回の古川さんは医師としての実験で筋ジストロフィー治療の鍵を見つけたとの報道は、事実であればせめてもの救いである。

ハッブル望遠鏡も、宇宙テーションもあと10年位の寿命という。その後は地球を回る粗大ごみになる。いま地上200~400kmの上空には、切り離したロケットの殻、用済後の人工衛星やそれらの破片、人類が残した無数の宇宙ゴミが漂っているそうだ。

人類は大気を汚すだけでは事足らず、大気圏外も汚している。太陽光線がそれらに遮られて、ダルマ夕日という無料の天体ショーが見られなくなる日がいつか来るかもしれない。

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親孝行の義務化 [時事雑感]

ちょっと旧聞になるが、1週間ほど前、台湾では、高齢の親の面倒を見ずに放置する子供が増加傾向にあることから、両親の介護を放棄する行為に罰則を科する法案を議会で審議中というニュースがあった。

 法案は、高齢の両親の面倒をみずに放置した場合、最高で禁錮1年か20万台湾ドル(約50万円)の罰金を科すとしている。さらに、両親の生活費の支払いを、給料からの天引きか一括払い、または信託方式などで強制する案も検討されている。

台湾では毎年、65歳以上の高齢者2000人が子供から放置されており、近年ではこうした例が年30%の割合で増加しているという。

 高齢両親の保護を義務付けた法令は、シンガポールに先例があるとの報道だった。そこでシンガポール政府統計局にいる友人のT.Sさんにeメールで聞いてみたら、確かにありますと、ご丁寧にも法律の全文にアクセスできる法務省のURLを教えてくれた。

シンガポールでは1996年に早くもMaintenance of Parents Act(両親扶養法)が制定され、その後数回改訂を重ねている。

それによると60歳以上の人で経済的、身心的に自活できない場合、裁判所に申請すると、裁判所は子供に対して親を扶養するようにとの命令を出す。子供(嫡出子、養子、庶子を問わず)は、子供は資力に応じ月払、分割払、一時金、信託などで親を扶養する。

違反者は5000シンガポールドル以下の罰金、または6か月以内の禁固とある。もちろん子供の方も承服しがたい時は訴訟を起こして争うことができる。T.Sさんのメールによると、家族を顧みず、ギャンブルで身上を潰した父親が、子供の訴えにより扶助を受ける資格なしとされた事例もあるそうだ。老いて子供に助けて貰うとすれば、親は平素から親としての養育責任を全うしていなければならない。

台湾もシンガポールも経済面で東南アジアの優等生である。どちらも伝統的に家族主義、敬老精神を重視してきた国だ。若い世代ではその伝統が失われつつあるのか。だからこそこのような法律が作られるのだろうか。それでも法律で親孝行を強制するのはどうだろうか。

世界一少子高齢化が進んだ日本には、無理な法制だ。


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Twitterもどき(7)

☆球団代表、球団社長、球団会長の三重構造間の権限争い。職務分掌規程をきちんと作って おくべきだった。巨人三爺の内輪もめ、見苦しい。

☆環境庁に送り付けられた土と灰、捨てた者が非難され、大臣も給与返上する騒ぎ。一方で 送り付けた者の動機や意図は誰も問題にしないのは何故なのか。

☆定員9名の幼稚園送迎バスに64人乗せてトラックと衝突の惨事。何で64人も乗れたのかと思 ったら、座席は全部取っ払ってあったと。やはり中国人のすることは怖い。

☆ようわからんけど、欧州の通貨統合って裕福な家庭も生活保護家庭も財布を一つにしたよ うなものか。だから言わんことじゃないとEUに参加しなかった英国。しかし、借金経済大 国の日本の円が不当に買われ、大迷惑なのは企業だけではない。

☆北方四島は第二次大戦で合法的に我が領土になった。領土問題より経済協力を優先させま しょうとのロシア大統領。歴代日本政府の遠吠え外交の結果。

☆中国のご飯はパサパサの長粒米で私には食べられなかった。日本のコメ不作のとき、緊急 輸入したタイ米は、不味くて大量に売れ残った。日本人が食べられる短粒種のコメは日系 人が作っているカルフォルニア米くらい。アメリカでもいいコメは安くない。TPP交渉で もコメは大丈夫じゃないかと思うが、楽観的すぎるかな。
 参考までにアメリカでの価格は(15ポンド=6.8kg)
http://www.marukaiestore.com/c-192-japanese-rice.aspx

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世界糖尿病デー [時事雑感]

もう20年以上も糖尿病を抱えていながら、迂闊にも最近初めて知ったのが、11月14日は世界糖尿病デーだということ。
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世界では毎年400万人が糖尿病で死に、100万人が足を切断しているそうだ。今や国民病というより、世界病となった糖尿病啓発のため、国連が2006年に制定した。11月14日は1921年にインシュリンを発見したカナダ人医師、フレデリック・パンティングの誕生日という。世界糖尿病デーのシンボルカラーはブルー。乳がんのピンクと対照的である。

日本でも治療中の患者250万人、予備軍2200万人という。糖尿病は失明するとか壊疽で足を切断するとかの合併症が出ない間は自覚症状がない。過食、運動不足という生活習慣病のトップである。

私が糖尿病と判ったのは、或る年の会社の定期健康診断、検尿で試験紙が青く変色し、検査員から、すごく糖が下りています。病院へ行かれた方がいいですよ。と告げられたからだ。病院でブドウ糖負荷試験をして貰ったら、糖尿病と診断され、栄養士が食事指導をしますから、奥さん同道で来てくださいと言われた。20年前に死んだ妻が健在の頃だったから、もう25年くらいになろうか。まだ現役だったから1日1800kcalとして、食品の模型で量や組合せの例を指導された。

それから間もなく、韓国の友人二人を糖尿病で失った。当時は彼の国では医学も日本ほど進んでいなかったし、韓国人の食事の量は日本人よりはるかに多い

会社をやめてからは1600kcalに引き下げた。この老人ホームに入って6年。服薬と食事制限以外に、運動療法ができる。レストランの週間献立表にはカロリー表示がある。一食500calと決め、高い時は自室で自炊する。100kcalの余裕は甘党の自分の間食代である。

毎朝他に用事のない限り10時の一斉体操にジムに下りる。NHKみんなの体操とラジオ体操第一、グッパー体操。それを準備体操として備え付けの器械で30分筋トレして自室に戻る。

一昨年暮れ、たまたまNHKの「試して合点という」番組で、糖尿病の10年ぶり新薬として、インクレチン関連薬が紹介された。早速クリニックのドクターに相談して新薬に変えて貰った。お蔭で今のところ安定的に推移している。

今年の糖尿病デーの世界共通のスローガンは「糖尿病に対して、いますぐ行動しよう(Act on Diabetes. Now)」

(この記事を投稿した直後、乳がん啓発キャンペーンのピンクリボンを作ったEvelyn Launderさんが、卵巣がん合併症でニューヨークの自宅で亡くなったとCNNが報じた。75歳だった。)


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人間ドック [時事雑感]

このホームでは予防介護の一環として、毎年各自の誕生月に特約病院で半日人間ドックを受診させてくれる。受けるかどうかは本人の希望次第だが、費用は全て月々払っている管理費から支弁される。誕生月から半年後は館内のクリニックで健康診断がある。

約3時間半のショートプログラムだから、身長、体重、視力、血圧測定、胸部X線、心電図、動脈硬化度検査、腹部超音波、胃部内視鏡、頭部、腹部CT, 血液、尿、便検査くらいだ。

それでも、この人間ドックで自覚症状のなかった病気が早期に発見され、精密検査の結果、手術を受けたり、治療を始めたりする人も少なくない。

加齢に伴い誰でも大なり、小なり故障があるものだ。私も持病はあるが、これまでのところ新しい病気は見つかっていない。

身長は若い時の最高180㎝より5㎝近く低くなって175.3である。第一に往年の豊かな髪を喪失した。腰椎圧迫骨折をして腰椎が潰れていること、椎間板が薄くなっていることが原因だろう。

昨年のドックでは、前立腺低エコー病変ありとして精密検査を勧められた。何のことか分からず、提携病院で検査して貰ったが、全く異常はないとのことだった。エコー検査をするのは医者ではあいませんからね。画像を読み取るのは難しいのですと泌尿器科の医師が言った。

今年は去年とは違う技師(いずれも女性)で、別に異常はありませんと。やはり検査技師の読み取り技量の差があるのか。流れ作業式に一人当たりにかける検査時間が決められているから仕方がないのか。

人間ドックで見つからない病気もある。今年Mさんが亡くなった。奥様に伺うと人間ドックや中間の健康診断もきちんと受けていたのに肺ガンと判ったときは既に末期だったと。

肺ガンの初期は自覚症状がなく、特に肺の入口部分の肺門ガンは、検診の単純X線検査では写らないそうだ。咳や血痰などの症状が出たときはもう遅い。X線検査で判るのは肺野と呼ばれる肺の本体部分のガンだそうだ。Mさんは不幸にして写らない部分だったのだろう。

会社勤めのときは毎年健康診断があったが、自営業の人や退職者は市町村が行う検診には億劫がって行かない人が多い。私の亡妻がその例である。自覚症状があったときは既に遅かった。

エコー画像の読み取りや肺門ガンは見つからない問題があるにせよ、人間ドックに行く機会があることは、自分自身を知る上で大いに有難い事だと思う。

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地球人口70億 [時事雑感]

いつだったか、NHKが地球温暖化防止キャンペーンを張っていた頃。このホームのドクターの受診のとき話したことである。
「先生、人間の呼気の二酸化炭素は今温室効果ガスと騒がれている二酸化炭素と同じ物ですよね」
「そうです。オーストラリアやニュージーランドでは牛や羊のゲップでも温室効果ガスだそうです(笑)」

10月31日、世界人口が遂に70億人に達したという。それでその時の話を思い出した。人間の肺活量は男性で3~4千CC、女性で2~3千CC、肺活量は空気をうんと吸い込んで測るから、日常の生活ではそれだけの酸素を二酸化炭素に変えているわけではない。

成人の安静時における平均換気量は500CC、呼吸数は1分間に12~16回だそうだ。500CCといえば軽自動車のエンジンなみの容量だが、エンジンの回転数は1分間3千~4千回転くらいだから比較にならぬが、人間の方が車より圧倒的に数が多いからどうだろうか。

地球温暖化論では、この100年で地球の平均気温は0.74度上がったというが、100年前の世界人口は17億だったのたから、人間の呼気も無関係とは言えまい。私自身はCO2と温暖化の関係に疑問を抱いているが。福島原発以来、火力発電所が頼りにされ、NHKもCO2排出反対を言わなくなった。

そんなことより、人口の爆発的増加が問題だ。50年前は30億だった。2050年には98億と見込まれている。食糧もエネルギーも絶対的に不足する。
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スーパーに行くと、豆腐のパッケージに遺伝子操作の大豆は使っていませんと書いてあるが、食糧危機となればそんな贅沢なことは言っておられない。遺伝子工学をフルに活用して効率的に増産しなければなるまい。今でも遺伝子操作の大豆が人体に影響があるのかどうか、わかっていない。

文明国では人口増加率が下がる。女性1人が生涯に産む平均合計特殊出生率が小さくなるからだ。日本のように減少に転じた国もある。発展途上国で人口増加率が高いのは、小児死亡率が高いからだと逆説的に説明するのはスエーデンの医師、公衆衛生学者ハンス・ロスリング氏だ。小児死亡率が低いと子供は少なくてもいい。死亡率が高いからたくさんの子を産もうとする。人口を90億で抑えるには彼らの生活レベルを上げ,小児死亡率を下げることだと唱える。

http://videotopics.yahoo.co.jp/videolist/official/hobby_cooking_life/p70b119bf490c0ec0dca3f1e3682ca3e9
90億で抑えるといっても、90億人が食べていけるかが大問題なのに。
それまで生きていなくて幸いだと思う。

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文化祭 [時事雑感]

このホームでは毎年11月に文化祭を開催する。今年は4~6日の3日間だった。この春、施設の運営会社が変わり、施設名も変わったので、回数がリセットされ第1回となった。内容的には継承されている。
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ここには種々な趣味のサークルがあるが、入居者の作品の展示会、コンサート、講演会、最終日は入居者による日頃の練習の成果、歌、踊り、器楽演奏などのパフォーマンスを披露する。車椅子の方たちの器楽演奏もある。
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展示作品では陶芸、木彫、書道、写経、絵画、写真、模型、手芸など多彩である。重度の音痴でオタク族を自認する私から見れば、皆さんの豊かな才能に脱帽である。
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入居者の家族、親族、友人はもとより、有料老人ホーム入居検討中の見学客者らしい方々も見え盛会だった。

過日、営業部門活動の一環として、見学者との座談会にパネラーとして出席した。ここの入居資格は60歳以上となっているのだが、今の時代60歳でよほどの事情がない限り、老人ホームに入ろうとする人はいまい。座談会に来られるのはその殆どが、後期高齢者で、ぼつぼつ終の棲家を考えなくては思って来たと言う。

その思いは私自身がそうであった。妻に先立たれ、娘たちは外国へ嫁ぎ、独居老人として全く気ままに、料理も覚え、自活して暮らしていたが、或るとき突然腰痛が出て歩けなくなった。壁伝いに歩くことになって、これはいかん、孤独死したら腐敗して異臭がするまで誰も見つけてくれないし、見つかったら見つかったで、人様に大いに迷惑がかかるし、死臭の付いた家は売れないという。それで決心した。

腰痛は時々発症するが、大事に至らず、今のところ介護の世話にはなっていないし、できるだけそうならないように体を鍛えている。館内にジムもあり、クリニックもあり、看護師が24時間いるから安心感がある。

ここは法律上の類型は介護付き老人ホームだが、やはり入るのには心理的抵抗があるらしい。世間体を気にする人もいる。見学会に来る人もなかなか踏ん切りがつかぬと言う。しかし誰でも例外なく歳を取る。公的な施設と比べると決して安くない金額だが、見学に来られる人は、それなりの用意があるのだろうから、どうせ入るなら元気なうちに1日でも早い方がいいと思いますよ、と座談会で話した。

今年の文化祭で玄人はだしの作品や歌唱力を披露した人が、来年もできるとの保証はない。
生物の細胞は分裂を繰り返す度に、遺伝子の末端のテロメアが、まるで回数券のように切り取られて短くなるという。それが寿命だそうだ。残りのテロメア、回数券が何回分あるのか分からない我々としては、今を充実して生きることが大切なのではあるまいか。学校の文化祭とは違う所以である。


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同窓会 [時事雑感]

先週末のことになるが、同窓会の案内を受け、出かけた。同窓会といっても学校のそれではない。最後に勤務した会社の職場の同窓会である。

1次会はJR福知山線廃線トンネルウォーク、2次会は廃線ウォークの終点武田尾での昼食会という趣向であった。

定刻西宮塩瀬駅に集まったのは、男女10人ほど。残りのメンバーは1次会は敬遠して武田尾で待っているとのこと。

JR福知山線は複線電化に伴い、新しいトンネルを掘った。1986年以来古いトンネルは長短6本がレールを外されたまま放置されている。JRは落盤、漏水の危険がある、ハイキングコースではありませんと立ち入りを禁止の掲示がある。それはもし事故があった場合の責任を回避するための建前である。
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武庫川渓谷沿いに山を縫って走る廃線は、実際はハイキングコースとして人気スポットになっている。特に桜、紅葉の時期は混み合う。

トンネル外では宝塚市がハイカーのために案内板、展望台や水飲み場を整備している。禁止するJRと奨励する宝塚市、せめぎ合いが面白い。要は歩くなら自己責任でということだ。
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SLの煙で真っ黒に煤けたトンネル内は照明はなく、枕木が半ばバラストに埋まって残り、所々天井からの漏水による水たまりがあるから、懐中電灯で照らしながら歩く。紅葉には早いこの時期でも、大勢歩いていた。歩き難い暗いトンネルを辛抱して辿れば、やがて前方に光が見えてくる。そんな経験が人々を惹きつけるのであろうか。

約5kmのウォーキングを終え、武田尾の鄙びた茶店のような店をほぼ借り切りのようにして、2次会の同窓会が始まる。さらに8人が合流した。

グループ内企業だが私にとって最後の3社目の会社だった。企画部、経理部、情報システム部で構成する当時社長室と呼ばれていた部門を担当した。士気の高いいい会社だった。退任してもう14年になる。現在は経営統括部に組織替えされているのだそうだ。

同窓会は私の後に続いて退職し、今や退職後の生活を楽しんでいる方、幹部として会社を動かしている当時の若手社員。最近第2の人生を踏み出した人、子育てに奮闘し、もう中年の域にある当時の若いOLたち。人生のそれぞれの段階にいて多彩である。中には現役中、あるいは定年後に病を得て若くして亡くなった方もいる。回顧談、近況談に話の花が咲き、時は直ぐに経った。それぞれの健勝、会社の安定的成長を願う。
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