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許される格差、許されない格差 [時事雑感]
AKB48のメンバーはファン投票により格付けされ、ギャラに差がつくそうだ。一方近頃の小学校では児童に格付けはよくない、平等に扱うべきだと、徒競走でも1等2等の賞を廃したという。
月に一度NHKテレビで放映されるハーバード大学政治哲学者マイケル・サンデル教授主導による多次元討論会「究極の選択」シリーズを私は大そう興味深く視聴している。
NHKのスタジオにサンデル教授と日本人ゲストを招き、上海、ボストン、東京の3地点の大学生、大学院生代表を各々数名がインターネットで結び、毎回あるテーマについてリアルタイムで討議する。IT技術、映像技術の進歩が可能にした新しい形の討論会である。
直近の放映は3月19日、テーマは「「許される格差と許されない格差」特に最近世界の各国で問題となっている経済的格差だった。
ゲストの人選には、何故この人が選ばれたのと首をひねる場合もあるが、19日はタレントの真鍋かおり、お笑いタレントの又吉直樹、元プロ野球の古田敦也、作家で東京都副知事の猪瀬直樹、元経済財政担当相、慶応大教授の竹中平蔵の各氏であった。

課題はある会社で①新製品がヒットし、利益が予想以上に上がったのでボーナスとして分配することにしたが、分配方法はどうあるべきか。
②日本では人口の1%が国富の20%を所有。アメリカでは人口の1%が40%の富を所有。この超富裕者の格差は許されるものか。
③上記の会社ではコスト削減の為、経理部門を優秀なスタッフを擁し、賃金の安いインドの会社へアウトソーシング(外注)することの是非。
④③の代わりに外国から低賃金の移民を受け入れることの是非。
⑤社会保障の財源確保は所得税の引上げか消費税引き上げか。
など公正と正義の立場からの選択を迫るものだった。
2時間に及ぶ放送をここで再掲することは不可能だが3国の学生たちの討論は、その文化的背景や価値観の違いも反映されて面白い。
乱暴にまとめると,
上記①については業績向上への貢献度に応じて分配すべきだが大勢を占めた。プロ野球のスター選手の高額報酬と同じ様に許される格差だと言うわけだ。
②富裕層は本人の運と努力もあるが、国のインフラを使って富を得たのだから、高い税金を払って社会へ還元すべきであるが多数意見。
③の例の会社は経理部門の仕事のコストの安い海外へのアウトソーシング(一括委託)に関しては、国内の雇用を守るべきだとの反対と、企業生残のためにやむを得ないとする賛成とに意見が分かれた。中国の学生から外国企業が中国へ来て低賃金で労働者を搾取しているとの非難が上がった。アメリカの学生からは中国では貨幣価値が違うのだから、アメリカ並みの賃金を払う理由はないと応酬する。

④の外国から低賃金の移民を受入れることに対しては、ゲストも学生も差別が生む、許されない格差だ、同一労働同一賃金であるべきとして反対者が多かった。竹中教授さえも反対した。それに対してサンデル教授が言った。
「竹中さん、自由経済市場を支持する経済学者の貴方が反対するのは私には意外だ。それでは現在日本で増えている派遣労働者はどうか。1990年には5人に1人が非正規労働者だったが、今では3人に1人が派遣労働者だ。正社員と全く同じ仕事をしながら待遇は違う。これをどう考えるのか。安い移民労働者を受け入れるのと同じことではないか」
思うにサンデル教授は、竹中教授こそ小泉内閣の経済財政政策担当相として、構造改革、規制緩和の名のもとに、それまでプログラマーなどの専門職に限られていた派遣労働の職種制限を撤廃したため、製造業まで派遣労働者が増加し、格差を齎したと知っての質問だろう。
竹中氏の答え「日本は終身雇用年功序列賃金だ。正社員は残業せよと言われたらしなければならぬし、転勤せよと言われたら従わねばならぬ。派遣労働者は雇用条件が違うのだ」
サンデル「それじゃ同一労働、同一賃金にはならぬが」
竹中「私は同一労働同一賃金とは言ってない。同一労働、同一条件なら同一賃金と言っている。派遣労働者は同一条件ではない」
私は竹中氏の回答を聞いて詭弁ではないかと思った。非正規労働者の増加と貧困層の増加はサンデル教授の言う「許されない格差」であることは明らかだ。
猪瀬直樹氏は派遣社員の格差は問題視し、派遣社員にも正社員になれるチャンスがあるべきだと。
⑤の消費税か所得税かは、高額所得者は低額所得者のために累進課税されるべきとの声が高かった、
サンデル教授は何が公正で正義かを論じる時、自分の立場を離れ、相手の身になって考えることが大切と結んだ。

{画像は全てNHKテレビ画面より)
月に一度NHKテレビで放映されるハーバード大学政治哲学者マイケル・サンデル教授主導による多次元討論会「究極の選択」シリーズを私は大そう興味深く視聴している。
NHKのスタジオにサンデル教授と日本人ゲストを招き、上海、ボストン、東京の3地点の大学生、大学院生代表を各々数名がインターネットで結び、毎回あるテーマについてリアルタイムで討議する。IT技術、映像技術の進歩が可能にした新しい形の討論会である。
直近の放映は3月19日、テーマは「「許される格差と許されない格差」特に最近世界の各国で問題となっている経済的格差だった。
ゲストの人選には、何故この人が選ばれたのと首をひねる場合もあるが、19日はタレントの真鍋かおり、お笑いタレントの又吉直樹、元プロ野球の古田敦也、作家で東京都副知事の猪瀬直樹、元経済財政担当相、慶応大教授の竹中平蔵の各氏であった。

課題はある会社で①新製品がヒットし、利益が予想以上に上がったのでボーナスとして分配することにしたが、分配方法はどうあるべきか。
②日本では人口の1%が国富の20%を所有。アメリカでは人口の1%が40%の富を所有。この超富裕者の格差は許されるものか。
③上記の会社ではコスト削減の為、経理部門を優秀なスタッフを擁し、賃金の安いインドの会社へアウトソーシング(外注)することの是非。
④③の代わりに外国から低賃金の移民を受け入れることの是非。
⑤社会保障の財源確保は所得税の引上げか消費税引き上げか。
など公正と正義の立場からの選択を迫るものだった。
2時間に及ぶ放送をここで再掲することは不可能だが3国の学生たちの討論は、その文化的背景や価値観の違いも反映されて面白い。
乱暴にまとめると,
上記①については業績向上への貢献度に応じて分配すべきだが大勢を占めた。プロ野球のスター選手の高額報酬と同じ様に許される格差だと言うわけだ。
②富裕層は本人の運と努力もあるが、国のインフラを使って富を得たのだから、高い税金を払って社会へ還元すべきであるが多数意見。
③の例の会社は経理部門の仕事のコストの安い海外へのアウトソーシング(一括委託)に関しては、国内の雇用を守るべきだとの反対と、企業生残のためにやむを得ないとする賛成とに意見が分かれた。中国の学生から外国企業が中国へ来て低賃金で労働者を搾取しているとの非難が上がった。アメリカの学生からは中国では貨幣価値が違うのだから、アメリカ並みの賃金を払う理由はないと応酬する。

④の外国から低賃金の移民を受入れることに対しては、ゲストも学生も差別が生む、許されない格差だ、同一労働同一賃金であるべきとして反対者が多かった。竹中教授さえも反対した。それに対してサンデル教授が言った。
「竹中さん、自由経済市場を支持する経済学者の貴方が反対するのは私には意外だ。それでは現在日本で増えている派遣労働者はどうか。1990年には5人に1人が非正規労働者だったが、今では3人に1人が派遣労働者だ。正社員と全く同じ仕事をしながら待遇は違う。これをどう考えるのか。安い移民労働者を受け入れるのと同じことではないか」
思うにサンデル教授は、竹中教授こそ小泉内閣の経済財政政策担当相として、構造改革、規制緩和の名のもとに、それまでプログラマーなどの専門職に限られていた派遣労働の職種制限を撤廃したため、製造業まで派遣労働者が増加し、格差を齎したと知っての質問だろう。
竹中氏の答え「日本は終身雇用年功序列賃金だ。正社員は残業せよと言われたらしなければならぬし、転勤せよと言われたら従わねばならぬ。派遣労働者は雇用条件が違うのだ」
サンデル「それじゃ同一労働、同一賃金にはならぬが」
竹中「私は同一労働同一賃金とは言ってない。同一労働、同一条件なら同一賃金と言っている。派遣労働者は同一条件ではない」
私は竹中氏の回答を聞いて詭弁ではないかと思った。非正規労働者の増加と貧困層の増加はサンデル教授の言う「許されない格差」であることは明らかだ。
猪瀬直樹氏は派遣社員の格差は問題視し、派遣社員にも正社員になれるチャンスがあるべきだと。
⑤の消費税か所得税かは、高額所得者は低額所得者のために累進課税されるべきとの声が高かった、
サンデル教授は何が公正で正義かを論じる時、自分の立場を離れ、相手の身になって考えることが大切と結んだ。

{画像は全てNHKテレビ画面より)
抑止力か外交カードか [時事雑感]
イランの核開発をめぐってアメリカが苛立ちがつのらせている。地球上で核兵器の開発保有が許されるのは、アメリカ、ロシア、イギリス、フランス、中国の5か国だけである。他の国は核不拡散条約(NPT)を批准し、核を保有しないことを約束しなければならぬ建前になっている。先に核を手にした5か国の特権を守るための身勝手なお手盛り条約である。
それを無視して核兵器を手に入れたのは、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮である。インドとパキスタンはカシミールの領有権をめぐり犬猿の仲だから、お前が持つなら俺もと、互いに恫喝の道具として、また戦争抑止力として開発した。
イスラエルは公式に認めていないが、NPTに参加せず、そもそもアメリカで原爆開発を指揮したオッペンハイマー博士はユダヤ系アメリカ人である。イスラエルの人口710万に対し、ユダヤ系アメリカ人は430万人、アメリカの政治経済に重大な影響力を持つ。イスラエルが核を保有していることはアメリカも認めている。
インド、パキスタン、イスラエルまでは核兵器の保有に何のお咎めもなかったのが、北朝鮮には怪しからんとなった。イラクは持っていなかったのに、持っていると難癖をつけられ、国は破壊され、フセインは処刑された。
現在各国が保有する核爆弾の数は(2010年5月現在予備を含む)
アメリカ:9600、ロシア:13,000. イギリス:160. フランス:300. 中国:240、インド:60~80:パキスタン:70~90. イスラエル:80. 北朝鮮:10>という。
出典:2010年世界の核戦力の状況(FAS :2010.5.26)
ソ連が崩壊するまで、米ソはやみくもに軍拡競争を続けた。ソ連崩壊後、アメリカ、ロシアは軍縮協定で戦略核を相互に減らしても、まだこの保有量である。広島、長崎の2発だけであれほどの破壊力を見せた核兵器。これだけの数を使ったら、人類は滅亡するだろう。
東西冷戦時代の狂気じみた核兵器生産競争がなかったら、アメリカの国家財政は今ほどの赤字になることはなかったのではあるまいか。
最早やどの保有国であろうと、自ら核爆弾を爆発させることはできまい。北朝鮮にしても実際にアメリカを敵に回して核兵器を使うことはできぬことは重々承知しているだろう。他にアメリカと交渉する手段を持たぬから、唯一使える外交カードとして持っているだけだ。今のところカードを巧みに切っている。
イランのパーレビ国王は親米政策を執り、アメリカの支援によって政権を維持してきた。革命によって国王が国外追放されると、面子を潰されたアメリカは、イランを敵視し、北朝鮮と並んでならず者呼ばわりするようになった。イランもアメリカに敵意を露わにする。
イランの核開発は、北朝鮮を真似て外交カードにしたいのであろう。本気でホルムズ海峡を封鎖してイラクのように滅ぼされることは望んでいまい。アメリカはイランとの原油取引がないから、日本にイラン原油の禁輸を迫る。日本としても甚だ迷惑な話だ。アメリカに超大国としての度量と自制を望みたい。
それを無視して核兵器を手に入れたのは、インド、パキスタン、イスラエル、北朝鮮である。インドとパキスタンはカシミールの領有権をめぐり犬猿の仲だから、お前が持つなら俺もと、互いに恫喝の道具として、また戦争抑止力として開発した。
イスラエルは公式に認めていないが、NPTに参加せず、そもそもアメリカで原爆開発を指揮したオッペンハイマー博士はユダヤ系アメリカ人である。イスラエルの人口710万に対し、ユダヤ系アメリカ人は430万人、アメリカの政治経済に重大な影響力を持つ。イスラエルが核を保有していることはアメリカも認めている。
インド、パキスタン、イスラエルまでは核兵器の保有に何のお咎めもなかったのが、北朝鮮には怪しからんとなった。イラクは持っていなかったのに、持っていると難癖をつけられ、国は破壊され、フセインは処刑された。
現在各国が保有する核爆弾の数は(2010年5月現在予備を含む)
アメリカ:9600、ロシア:13,000. イギリス:160. フランス:300. 中国:240、インド:60~80:パキスタン:70~90. イスラエル:80. 北朝鮮:10>という。
出典:2010年世界の核戦力の状況(FAS :2010.5.26)
ソ連が崩壊するまで、米ソはやみくもに軍拡競争を続けた。ソ連崩壊後、アメリカ、ロシアは軍縮協定で戦略核を相互に減らしても、まだこの保有量である。広島、長崎の2発だけであれほどの破壊力を見せた核兵器。これだけの数を使ったら、人類は滅亡するだろう。
東西冷戦時代の狂気じみた核兵器生産競争がなかったら、アメリカの国家財政は今ほどの赤字になることはなかったのではあるまいか。
最早やどの保有国であろうと、自ら核爆弾を爆発させることはできまい。北朝鮮にしても実際にアメリカを敵に回して核兵器を使うことはできぬことは重々承知しているだろう。他にアメリカと交渉する手段を持たぬから、唯一使える外交カードとして持っているだけだ。今のところカードを巧みに切っている。
イランのパーレビ国王は親米政策を執り、アメリカの支援によって政権を維持してきた。革命によって国王が国外追放されると、面子を潰されたアメリカは、イランを敵視し、北朝鮮と並んでならず者呼ばわりするようになった。イランもアメリカに敵意を露わにする。
イランの核開発は、北朝鮮を真似て外交カードにしたいのであろう。本気でホルムズ海峡を封鎖してイラクのように滅ぼされることは望んでいまい。アメリカはイランとの原油取引がないから、日本にイラン原油の禁輸を迫る。日本としても甚だ迷惑な話だ。アメリカに超大国としての度量と自制を望みたい。
玉筋魚 [時事雑感]
宝塚からここへ移り住んだのは6年前の3月14日である。早朝、ごろごろと遠くで太鼓を打つような低周波音がベッドに伝わってきて、眠りを破られた。ベランダに設置されているエアコンの室外機か床暖房用のガス機器の異常かと外へ出てみた。いずれも就寝前には電源を切ってある。音源はどうやら暁闇の海面にあるらしい。
夜が白むと、沖合に夥しい数の漁船が見えてきた。春を告げるイカナゴ漁のエンジン音だと知った。イカナゴ漁は3隻が1組(1統という)になって袋状の網を曳く。最盛期は明石海峡近辺だけで120統も出漁するそうだ。1隻毎のエンジンは小さいのだろうが、何十隻にもなると低音合唱になって海面を渡ってくる。
1統の中で網を曳くのは2隻、右側の船は緑色の旗、左側は赤色の旗を掲げる。飛行機の右翼端に緑色灯、左翼端に赤色灯を点けるのと同じだ。遠望して進行方向が判る仕組である。

もう1隻は警戒兼運搬船である。海中にある網は幅100m長さ300mもあるそうだ。そうでなくとも交通量の多い明石海峡では、網の上を他船に横切られないよう見張りは欠かせない。海上保安庁の巡視艇も出動して見守る。
今年は2月27日の月曜日から始まった。ところが拍子抜けするほどに静穏なのである。静穏がむしろ気になって、明るんでくる海を見ると、我が家と対岸の淡路市までの海面にイカナゴ船の姿が殆どない。操業しているのは1統か2統である。双眼鏡で覗くと淡路島の東の大阪湾、西の播磨灘の方に漁船が集まっている。この距離ではエンジン音も減衰する。
漁は午前11時までと決められているようで、そのころになると獲物を積んだ船はフルスピードで母港に戻ってくる。昼過ぎには、獲れたての新子の発売を待つ客が、街の魚屋や生協に列を作る。
イカナゴの稚魚を新子と呼び、釘煮と呼ぶ佃煮にするのは、垂水が発祥だという。家庭の主婦が釘煮(その形状が錆釘に似ているから)を作り、親戚縁者に季節の便りとして送る習慣である。郵便局もイカナゴ用の特別ケース付郵パックを販売する。佃煮ができない我々は出来合を買ってくる。

この習慣は今では神戸から大阪湾沿いの阪神間、淡路島まで広まったようだ。淡路島特産、明石特産を謳う釘煮が売られている。それで年々漁獲量が減り魚価が騰がる傾向にある。
魚が一度に何百何千粒もの卵を産むのは、稚魚が他の魚の餌食になり、成魚となる確率が低いためだという。その自然の食物連鎖の中に人間が割り込んで、孵化したばかりの新子をごっそりと網で掬ってしまうのだから、資源が減って当然だろう。朝早く起こされることがなくなったのはよいが、漁場が移ったのは気になるところである。新子を楽しみにしていた他の魚たちも面喰っているに違いない。
ついでながら、東北ではイカナゴ(漢字で玉筋魚)をコウナゴ(小女子)と呼び、昨年は放射能汚染で出荷禁止になったことは記憶に新しい。あれから1年、今年はどうなっているのか。メディアが報道しないところをみると、神戸のイカナゴほどには人気のある魚ではないのだろうか。
夜が白むと、沖合に夥しい数の漁船が見えてきた。春を告げるイカナゴ漁のエンジン音だと知った。イカナゴ漁は3隻が1組(1統という)になって袋状の網を曳く。最盛期は明石海峡近辺だけで120統も出漁するそうだ。1隻毎のエンジンは小さいのだろうが、何十隻にもなると低音合唱になって海面を渡ってくる。
1統の中で網を曳くのは2隻、右側の船は緑色の旗、左側は赤色の旗を掲げる。飛行機の右翼端に緑色灯、左翼端に赤色灯を点けるのと同じだ。遠望して進行方向が判る仕組である。

もう1隻は警戒兼運搬船である。海中にある網は幅100m長さ300mもあるそうだ。そうでなくとも交通量の多い明石海峡では、網の上を他船に横切られないよう見張りは欠かせない。海上保安庁の巡視艇も出動して見守る。
今年は2月27日の月曜日から始まった。ところが拍子抜けするほどに静穏なのである。静穏がむしろ気になって、明るんでくる海を見ると、我が家と対岸の淡路市までの海面にイカナゴ船の姿が殆どない。操業しているのは1統か2統である。双眼鏡で覗くと淡路島の東の大阪湾、西の播磨灘の方に漁船が集まっている。この距離ではエンジン音も減衰する。
漁は午前11時までと決められているようで、そのころになると獲物を積んだ船はフルスピードで母港に戻ってくる。昼過ぎには、獲れたての新子の発売を待つ客が、街の魚屋や生協に列を作る。
イカナゴの稚魚を新子と呼び、釘煮と呼ぶ佃煮にするのは、垂水が発祥だという。家庭の主婦が釘煮(その形状が錆釘に似ているから)を作り、親戚縁者に季節の便りとして送る習慣である。郵便局もイカナゴ用の特別ケース付郵パックを販売する。佃煮ができない我々は出来合を買ってくる。

この習慣は今では神戸から大阪湾沿いの阪神間、淡路島まで広まったようだ。淡路島特産、明石特産を謳う釘煮が売られている。それで年々漁獲量が減り魚価が騰がる傾向にある。
魚が一度に何百何千粒もの卵を産むのは、稚魚が他の魚の餌食になり、成魚となる確率が低いためだという。その自然の食物連鎖の中に人間が割り込んで、孵化したばかりの新子をごっそりと網で掬ってしまうのだから、資源が減って当然だろう。朝早く起こされることがなくなったのはよいが、漁場が移ったのは気になるところである。新子を楽しみにしていた他の魚たちも面喰っているに違いない。
ついでながら、東北ではイカナゴ(漢字で玉筋魚)をコウナゴ(小女子)と呼び、昨年は放射能汚染で出荷禁止になったことは記憶に新しい。あれから1年、今年はどうなっているのか。メディアが報道しないところをみると、神戸のイカナゴほどには人気のある魚ではないのだろうか。
あったのか、なかったのか [時事雑感]
中国人や韓国人は、母国でいくら反日を叫び、日本を指弾しても安全である。逆に親日論を唱え、母国を批判すれば身に危険が及ぶこともある。両国とも歴史認識が一元的で、日本帝国主義の被害者という立場に立つ。
3月1日は朝鮮独立運動蜂起の記念日で、やはり李明博大統領は従軍慰安婦に対する補償問題はまだ片付いていないと日本を糾弾した。韓国では女子挺身隊=従軍慰安婦と誤解または曲解している。それについてはこのBlogで既に触れた。(2011.12.28付最近の出来事から参照)
最近中国を訪問した河村名古屋市長が南京虐殺事件はなかったと発言し、中国側の不快を買った。中国の歴史認識と相容れないからである。
アイリス・チャンという中国系アメリカ人がいた。両親は中国から移民した大学教授である。彼女1997年に日本軍による南京虐殺事件を告発する「The Rape of Nanking」を書いた。
私はかつてアメリカ旅行をしたとき、偶然或る空港の書店でNew York Times社ベストセラーとして店頭に平積みされていたこの本を見つけた。読むと1937年12月日本軍の南京占領時に虐殺された中国市民、兵士は、広島、長崎の原子爆弾による死者を上回る30万人以上と書き、ナチスのユダヤ人虐殺ホロコーストになぞらえている。私はこれは白髪三千丈式の中国的誇張ではないかと思ったものだ。

彼女は時の人となり、TV討論で駐米日本大使に中国人民に対する謝罪と賠償を要求したが、大使は戦時の事だから遺憾なことも多々あったでしょうという態度だった。おさまらないアイリスは時のファーストレディ、クリントン大統領夫人(現在米国務長官)にアメリカ議会で日本に対する制裁決議をするよう直訴した。
しかし、アメリカでもこの本は史実に反する点が多い、政治的意図で書かれているとの歴史学者の中から批判の声も上がった。この本に掲載している惨たらしい写真は中国の反日宣伝用映画から転載されていることも判明した。彼女は日本での翻訳出版を企図したが、どの出版社も応じなかった。
その後、私は北村稔著「南京事件の探求」を読み、日本国内でも海外でも、南京事件はあったとする者、なかったとする者、あったかも知れぬがそれほど大規模なものではなかったとする者、歴史観の違いから意見が分かれていること知った。
南京事件が最初に取り上げられたのは、第二次大戦後連合軍が設けた戦争犯罪人を裁く極東軍事裁判だった。中華民国は戦争では日本軍に負けていたが、英米のお蔭で戦勝国と一員となった。中国の告発と南京駐在の欧米特派員の証言により南京事件はあったと断定され、軍司令官は死刑となった。この極東裁判史観がその後の日本のマスコミの本流を呪縛することとなった。
中国、韓国の歴史捏造を一貫して批判し続けている台湾人評論家黄文雄氏は、南京大虐殺は捏造との立場をとっている。
私の乏しい知識では断定することはできないが、戦争に強姦や殺戮は付きものであり、或る程度は虐殺はあっただろうが、極東裁判やアイリス・チャンのいうナチス流のホロコーストはなかったと思う。極東裁判で人道に対する罪でA級戦争犯罪人として絞首刑になった中国方面総司令官、松井中将はとりわけ兵の規律に厳しかったという。
しかし、いずれにせよ河村市長は日中親善の目的で中国を訪問したのなら、客地で中国人の神経を逆なでするような話題は慎重であるべきだった。
それはともかく、私としては韓国も中国も、そして日本も戦争を知らない世代が為政者となった今、勝者が敗者を裁いた歪められた極東裁判史観が歴史的事実として固定化され後世に残ってしまうのを残念に思う。韓国の独立記念館でも、日本帝国主義はナチスのユダヤ民族抹殺のように朝鮮民族抹殺しようとしたとしていた。
後日譚だが、アイリス・チャンは南京事件記念館に銅像が建立された。その後アメリカ社会における中国人に対する人種差別を告発する本を書いた。さらに日本軍による「バターン死の行進」を書く調査中、神経を病み、2003年、拳銃自殺を遂げた。37歳だった。「The Rape of Nanking」が日本で台湾人活動家により翻訳出版されたのは、彼女の死後の2007年である。
3月1日は朝鮮独立運動蜂起の記念日で、やはり李明博大統領は従軍慰安婦に対する補償問題はまだ片付いていないと日本を糾弾した。韓国では女子挺身隊=従軍慰安婦と誤解または曲解している。それについてはこのBlogで既に触れた。(2011.12.28付最近の出来事から参照)
最近中国を訪問した河村名古屋市長が南京虐殺事件はなかったと発言し、中国側の不快を買った。中国の歴史認識と相容れないからである。
アイリス・チャンという中国系アメリカ人がいた。両親は中国から移民した大学教授である。彼女1997年に日本軍による南京虐殺事件を告発する「The Rape of Nanking」を書いた。
私はかつてアメリカ旅行をしたとき、偶然或る空港の書店でNew York Times社ベストセラーとして店頭に平積みされていたこの本を見つけた。読むと1937年12月日本軍の南京占領時に虐殺された中国市民、兵士は、広島、長崎の原子爆弾による死者を上回る30万人以上と書き、ナチスのユダヤ人虐殺ホロコーストになぞらえている。私はこれは白髪三千丈式の中国的誇張ではないかと思ったものだ。

彼女は時の人となり、TV討論で駐米日本大使に中国人民に対する謝罪と賠償を要求したが、大使は戦時の事だから遺憾なことも多々あったでしょうという態度だった。おさまらないアイリスは時のファーストレディ、クリントン大統領夫人(現在米国務長官)にアメリカ議会で日本に対する制裁決議をするよう直訴した。
しかし、アメリカでもこの本は史実に反する点が多い、政治的意図で書かれているとの歴史学者の中から批判の声も上がった。この本に掲載している惨たらしい写真は中国の反日宣伝用映画から転載されていることも判明した。彼女は日本での翻訳出版を企図したが、どの出版社も応じなかった。
その後、私は北村稔著「南京事件の探求」を読み、日本国内でも海外でも、南京事件はあったとする者、なかったとする者、あったかも知れぬがそれほど大規模なものではなかったとする者、歴史観の違いから意見が分かれていること知った。
南京事件が最初に取り上げられたのは、第二次大戦後連合軍が設けた戦争犯罪人を裁く極東軍事裁判だった。中華民国は戦争では日本軍に負けていたが、英米のお蔭で戦勝国と一員となった。中国の告発と南京駐在の欧米特派員の証言により南京事件はあったと断定され、軍司令官は死刑となった。この極東裁判史観がその後の日本のマスコミの本流を呪縛することとなった。
中国、韓国の歴史捏造を一貫して批判し続けている台湾人評論家黄文雄氏は、南京大虐殺は捏造との立場をとっている。
私の乏しい知識では断定することはできないが、戦争に強姦や殺戮は付きものであり、或る程度は虐殺はあっただろうが、極東裁判やアイリス・チャンのいうナチス流のホロコーストはなかったと思う。極東裁判で人道に対する罪でA級戦争犯罪人として絞首刑になった中国方面総司令官、松井中将はとりわけ兵の規律に厳しかったという。
しかし、いずれにせよ河村市長は日中親善の目的で中国を訪問したのなら、客地で中国人の神経を逆なでするような話題は慎重であるべきだった。
それはともかく、私としては韓国も中国も、そして日本も戦争を知らない世代が為政者となった今、勝者が敗者を裁いた歪められた極東裁判史観が歴史的事実として固定化され後世に残ってしまうのを残念に思う。韓国の独立記念館でも、日本帝国主義はナチスのユダヤ民族抹殺のように朝鮮民族抹殺しようとしたとしていた。
後日譚だが、アイリス・チャンは南京事件記念館に銅像が建立された。その後アメリカ社会における中国人に対する人種差別を告発する本を書いた。さらに日本軍による「バターン死の行進」を書く調査中、神経を病み、2003年、拳銃自殺を遂げた。37歳だった。「The Rape of Nanking」が日本で台湾人活動家により翻訳出版されたのは、彼女の死後の2007年である。
71歳の五輪選手 [時事雑感]
馬術の法華津選手がロンドンオリンピックの日本代表に決まったとのニュース。71歳だという。日本では他に馬場馬術をする人がいないからかもしれないが、いずれにせよ日本では65歳以上を高齢者と分類することを見直してはどうかと思う。
童謡船頭さんに「村の渡しの船頭さんは今年60のおじいさん」と歌われたように一昔前は60歳でお爺さん、お婆さんだった。医学の進歩で平均寿命は年々伸びている。
日本は現在総人口の23%が高齢者である。2050年には40%になるという。総人口が減少するから相対的に老人比率が増える。
上記法華津選手の例をみても、高齢者老人を年齢で画一的に区切るのは不合理ではないかと思う。65歳に達した時点で身体能力検査をして高齢者扱いするかどうか決めるのが合理的なのだが、プライバシー尊重上難しいのであれば、高齢者区分を65歳から70歳に引上げたら、どうかと思う。
企業の定年も65歳まで引き上げ年金の支給年齢を引き上げたら、いま危機に瀕している社会保障問題の一助になると思う。
企業側は、そんなことをすれば若年層の就職機会がさらに悪化すると言うであろうが、長い目で見たら若年層の人口は減るのである。70歳までの雇用が必要になる時代がいずれ来るだろう。
童謡船頭さんに「村の渡しの船頭さんは今年60のおじいさん」と歌われたように一昔前は60歳でお爺さん、お婆さんだった。医学の進歩で平均寿命は年々伸びている。
日本は現在総人口の23%が高齢者である。2050年には40%になるという。総人口が減少するから相対的に老人比率が増える。
上記法華津選手の例をみても、高齢者老人を年齢で画一的に区切るのは不合理ではないかと思う。65歳に達した時点で身体能力検査をして高齢者扱いするかどうか決めるのが合理的なのだが、プライバシー尊重上難しいのであれば、高齢者区分を65歳から70歳に引上げたら、どうかと思う。
企業の定年も65歳まで引き上げ年金の支給年齢を引き上げたら、いま危機に瀕している社会保障問題の一助になると思う。
企業側は、そんなことをすれば若年層の就職機会がさらに悪化すると言うであろうが、長い目で見たら若年層の人口は減るのである。70歳までの雇用が必要になる時代がいずれ来るだろう。
鹿児島駆け歩記 [旅行記]
27日夕6時45分大阪南港かもめ埠頭から出港した宮崎カーフェリーは28日午前8時40分宮崎港に接岸。穏やかな海の旅であった。クラブツーリズム主催の桜島溶岩ウォークと知覧の旅に参加した。
我が家から見えるのは播磨灘に落ちる夕日であるが、今回は太平洋の朝日が見えるかとの期待があった。生憎天候が下り坂で雲間から僅かに洩れる朝日だった。デッキへ出ると寒風が身を切る。

大分港でバスが待っていた。今回の参加者90人バス2台分である。一路桜島へ。桜島はその名の通り、元来海底火山隆起による島だったのが大正の大噴火により大隅半島と地続きになった。ツアーの最初の目的は錦江湾沿いの溶岩渚の遊歩道である。


遊歩道日本百選の一つとの標識があったが、距離は僅か3Km程度。溶岩が作る奇岩奇景を愛でながら歩く。この日は天候に恵まれず噴煙を上げる桜島も、薩摩富士開聞岳も濛気に隠されていたのが心残りであった。
ライオンの頭そっくりの岩があった。天然のマーライオンだとバスで隣席になったS氏と笑いながら歩く。天然だからシンガポールのそれとは向きが異なるし、見方によっては魔法使いの頭にも見える。



終点の桜島港から鹿児島港までは観光フェリーで渡り、この日二つ目の目的地南九州市の知覧へ走る。忙しい旅である。
知覧では薩摩藩の武家屋敷を歩く。石積みと生垣が売りだが、生垣がまるでイングリッシュガーデンのように造形的に刈り込まれ、江戸時代に実際にこんな風だったのかと正直なところ疑問に思うほどだ。
[

知覧特攻平和会館を見る。太平洋戦争末期、陸海軍は爆弾を積んだ飛行機で敵艦に体当たりする作戦に出た。ここ知覧航空隊が陸軍の特攻隊基地となった。ここから沖縄方面に飛び立ち再び戻らなかった18歳~22歳位の純情な青少年たち千名余の家族や親族友人に宛てた遺書や遺影、遺品が展示されていて見る者読む者の胸を打つ。遺書は遺族から提供されたという。
「父上様、母上様。これまで養育くださいまして有難うございました。いよいよ明日○○方面へ出撃命令が下りました。私が死んでも決して悲しまないでください。私は祖国を救うために死んでいくのですから、英霊の父母として誇りをもって生きてください。妹よ、兄らしい兄でなかったけれど、これからは兄に代わって両親に尽くしてください。頼みます。親戚やご近所の皆さんによろしく」
涙を拭っている女性の参観客もあった。
イスラム過激派の青年たちも爆弾で自爆することが神の道と信じて死んでいく。しかし、国家対国家が宣戦布告をして少なくとも国際法上合法的な戦争と平和な市民生活をターゲットとする狂信的テロリズムを同次元に論ずることは、特攻隊員の愛国心への冒涜になろう。
当時の日本の青少年たちは私と同時代人だが、戦場で死ぬことこそ国のためと信じ、或いは自分にそう言い聞かせて死んでいったのだろう。
館内は撮影禁止だから記念館のHPを紹介しておく。
http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920202333&pLang=ja

知覧を見たのち再び大分港へ。雨が激しくなった。復路の海路は低気圧接近で強風となり船は大揺れに揺れた。
このツアーは「あったか九州お気軽ぶらり旅」と銘打ち2月17.24.27日の3回催行されたのだが、私は遅いほど暖かいだろうと最終日を選んだが読みが外れた。今年の冷冬は南国鹿児島にも及んだ。
夜半に風も収まり29日朝7時半大阪に入港した時は晴れ間が見えた。大きなスーツケースを牽いている女子学生らしいグループがあった。宮崎から大阪のUSJに行くのだそうだ。卒業旅行のシーズン。学生たちには往復で新幹線の片道より安いこのフェリーは正解だろう。大阪は寒いですねえと言う。明日は多分暖かくなるよと言っておいたがどうだろう。
もっとお話したいと言うバスで隣席、二等寝台でも隣だったS氏と梅田の喫茶店で暫時休憩する。氏は団塊の世代で私よりずっと若いが独り暮らしの様子。メルアドを交換、再会を約して別れる。
追記:
翌日早速メールを頂いた。宿泊を伴う一人で参加可能なツアーの企画は少ない。あっても割増料金となり高いから私は日帰りバス旅行をよく利用する。隣席に無愛想な男性が座ると旅の興趣を削がれる。今回はフェリー船での宿泊だったから参加した。
S氏は私と一緒だったから大変楽しい旅になりましたとメール書いてくれた。私としてはもって瞑すべしというところだ。
我が家から見えるのは播磨灘に落ちる夕日であるが、今回は太平洋の朝日が見えるかとの期待があった。生憎天候が下り坂で雲間から僅かに洩れる朝日だった。デッキへ出ると寒風が身を切る。

大分港でバスが待っていた。今回の参加者90人バス2台分である。一路桜島へ。桜島はその名の通り、元来海底火山隆起による島だったのが大正の大噴火により大隅半島と地続きになった。ツアーの最初の目的は錦江湾沿いの溶岩渚の遊歩道である。


遊歩道日本百選の一つとの標識があったが、距離は僅か3Km程度。溶岩が作る奇岩奇景を愛でながら歩く。この日は天候に恵まれず噴煙を上げる桜島も、薩摩富士開聞岳も濛気に隠されていたのが心残りであった。
ライオンの頭そっくりの岩があった。天然のマーライオンだとバスで隣席になったS氏と笑いながら歩く。天然だからシンガポールのそれとは向きが異なるし、見方によっては魔法使いの頭にも見える。



終点の桜島港から鹿児島港までは観光フェリーで渡り、この日二つ目の目的地南九州市の知覧へ走る。忙しい旅である。
知覧では薩摩藩の武家屋敷を歩く。石積みと生垣が売りだが、生垣がまるでイングリッシュガーデンのように造形的に刈り込まれ、江戸時代に実際にこんな風だったのかと正直なところ疑問に思うほどだ。
[
知覧特攻平和会館を見る。太平洋戦争末期、陸海軍は爆弾を積んだ飛行機で敵艦に体当たりする作戦に出た。ここ知覧航空隊が陸軍の特攻隊基地となった。ここから沖縄方面に飛び立ち再び戻らなかった18歳~22歳位の純情な青少年たち千名余の家族や親族友人に宛てた遺書や遺影、遺品が展示されていて見る者読む者の胸を打つ。遺書は遺族から提供されたという。
「父上様、母上様。これまで養育くださいまして有難うございました。いよいよ明日○○方面へ出撃命令が下りました。私が死んでも決して悲しまないでください。私は祖国を救うために死んでいくのですから、英霊の父母として誇りをもって生きてください。妹よ、兄らしい兄でなかったけれど、これからは兄に代わって両親に尽くしてください。頼みます。親戚やご近所の皆さんによろしく」
涙を拭っている女性の参観客もあった。
イスラム過激派の青年たちも爆弾で自爆することが神の道と信じて死んでいく。しかし、国家対国家が宣戦布告をして少なくとも国際法上合法的な戦争と平和な市民生活をターゲットとする狂信的テロリズムを同次元に論ずることは、特攻隊員の愛国心への冒涜になろう。
当時の日本の青少年たちは私と同時代人だが、戦場で死ぬことこそ国のためと信じ、或いは自分にそう言い聞かせて死んでいったのだろう。
館内は撮影禁止だから記念館のHPを紹介しておく。
http://www.city.minamikyushu.lg.jp/cgi-bin/hpViewContent.cgi?pID=20070920202333&pLang=ja

知覧を見たのち再び大分港へ。雨が激しくなった。復路の海路は低気圧接近で強風となり船は大揺れに揺れた。
このツアーは「あったか九州お気軽ぶらり旅」と銘打ち2月17.24.27日の3回催行されたのだが、私は遅いほど暖かいだろうと最終日を選んだが読みが外れた。今年の冷冬は南国鹿児島にも及んだ。
夜半に風も収まり29日朝7時半大阪に入港した時は晴れ間が見えた。大きなスーツケースを牽いている女子学生らしいグループがあった。宮崎から大阪のUSJに行くのだそうだ。卒業旅行のシーズン。学生たちには往復で新幹線の片道より安いこのフェリーは正解だろう。大阪は寒いですねえと言う。明日は多分暖かくなるよと言っておいたがどうだろう。
もっとお話したいと言うバスで隣席、二等寝台でも隣だったS氏と梅田の喫茶店で暫時休憩する。氏は団塊の世代で私よりずっと若いが独り暮らしの様子。メルアドを交換、再会を約して別れる。
追記:
翌日早速メールを頂いた。宿泊を伴う一人で参加可能なツアーの企画は少ない。あっても割増料金となり高いから私は日帰りバス旅行をよく利用する。隣席に無愛想な男性が座ると旅の興趣を削がれる。今回はフェリー船での宿泊だったから参加した。
S氏は私と一緒だったから大変楽しい旅になりましたとメール書いてくれた。私としてはもって瞑すべしというところだ。
笑って歩いて [時事雑感]
昨日24日Toyro倶楽部主催の天満天神繁盛亭の貸切特別公演を聴く機会を得た。ここは2006年9月大阪天満宮に隣接して新設された上方落語専門の寄席である。

団体貸切は10時開演の朝席になる。先ず桂三枝一門の桂三風による落語についての解説があった。落語に使う小道具は扇子と手拭だけである。これらの使い方を面白おかしく笑わせながら説明する。
扇子は時には箸となり、刀となり、筆となり、杖となり、半開きで手紙、徳利、ビール瓶となる。手拭は紙、財布、手紙、頭巾と変化自在。噺の中でいかにもそれら物があるようにイメージさせるテクニックを披露してくれた。扇子を箸に見立てて麺類を食べる所作や、啜る音はうどん、そば、ラーメンではそれぞれ違うなど面白い。
落語の舞台裏で使われる楽器、大太鼓、小太鼓、鉦、銅鑼、三味線の解説、また出囃子は噺家毎に曲が違うことなど。平素は聞けない舞台裏の話は大いに勉強になった。
その後、桂三風、同門の桂三金による創作落語が口演された。三風は落語界に新風を吹き込めと、三金は信用金庫の社員から転身したのでその名がついたという。
動物の中で人間だけが笑うという。笑いは健康にもいいという。トークショー、漫談、コント等は世界中にあるが、座布団という狭い空間に座ったままで一人で二役、三役を演じ、歩き、走り、踊り、闘い、シンプルな小道具のみで観客のイマジネーションに訴える落語は、おそらく世界に例を見ない日本独特の話芸ではなかろうか。参考までに繁盛亭のHPを紹介しておく。
http://www.hanjotei.jp/
この日の大阪は15℃の暖かさだった。天満宮に参詣後、日本一長い商店街という天神橋筋商店街を歩く。南北に2.6km、600店という。ウィークデイの昼間だから行き交う人は少なく、私のような暇な年寄ばかりであった。


序に大川に架かる橋を渡って天満橋当たりまで歩いた。川端の桜並木は心なしかピンクがかっていて、いかにも水温むという陽気であった。万歩計が1万歩を超えたところで散策を打ち切りにした。歩けることに感謝。

団体貸切は10時開演の朝席になる。先ず桂三枝一門の桂三風による落語についての解説があった。落語に使う小道具は扇子と手拭だけである。これらの使い方を面白おかしく笑わせながら説明する。
扇子は時には箸となり、刀となり、筆となり、杖となり、半開きで手紙、徳利、ビール瓶となる。手拭は紙、財布、手紙、頭巾と変化自在。噺の中でいかにもそれら物があるようにイメージさせるテクニックを披露してくれた。扇子を箸に見立てて麺類を食べる所作や、啜る音はうどん、そば、ラーメンではそれぞれ違うなど面白い。
落語の舞台裏で使われる楽器、大太鼓、小太鼓、鉦、銅鑼、三味線の解説、また出囃子は噺家毎に曲が違うことなど。平素は聞けない舞台裏の話は大いに勉強になった。
その後、桂三風、同門の桂三金による創作落語が口演された。三風は落語界に新風を吹き込めと、三金は信用金庫の社員から転身したのでその名がついたという。
動物の中で人間だけが笑うという。笑いは健康にもいいという。トークショー、漫談、コント等は世界中にあるが、座布団という狭い空間に座ったままで一人で二役、三役を演じ、歩き、走り、踊り、闘い、シンプルな小道具のみで観客のイマジネーションに訴える落語は、おそらく世界に例を見ない日本独特の話芸ではなかろうか。参考までに繁盛亭のHPを紹介しておく。
http://www.hanjotei.jp/
この日の大阪は15℃の暖かさだった。天満宮に参詣後、日本一長い商店街という天神橋筋商店街を歩く。南北に2.6km、600店という。ウィークデイの昼間だから行き交う人は少なく、私のような暇な年寄ばかりであった。


序に大川に架かる橋を渡って天満橋当たりまで歩いた。川端の桜並木は心なしかピンクがかっていて、いかにも水温むという陽気であった。万歩計が1万歩を超えたところで散策を打ち切りにした。歩けることに感謝。
早春の京都へ [時事雑感]
2月21日は亡妻の祥月命日。昨年は滋賀の墓所に行ったが、今年は豪雪で墓地は雪の中。代わりにというわけでもないが、分骨祭祀してある京都大谷祖廟に参詣した。幸い寒さが緩んだ。

人影も稀で、都の一郭に静謐な空間を保っている。石段を上がって廟前に到ると、折りしも一団の遺族の前で納骨の儀が進行中で読経する僧の姿があった。低い読経の声は静寂を不必要に破ることなく、薫香の煙に融け込んで空に消える。観光らしい白人のカップルが珍しげに眺めていた。

「3年生存率は60%です」手術の前夜、担当の外科医が言った。原発性のガンは手術後5年間再発しなければ完治とみなす。60%は微妙な数字である。僅かな希望を持たすいわば医師の社交辞令的コメントだと思う。
手術後見せて貰った妻の胃の外の鶏卵大に腫れたリンパ節を見てそう思った。目に見えるところは廓清したと説明されたが、リンパ液はガン細胞を全身に運ぶ。転移の可能性は極めて高い。60%は気休めである。1年後膵臓へ転移した。手術不能という。妻には言わなかったが以心伝心である。
お洒落だった彼女は、病み衰えた容姿を見せまいと頑なに兄弟親族一切の見舞いを謝絶した。家族だけでいいと言った。娘と3人で看取った。
平成3年の2月21日、あの日も異常に寒かった。22日が友引で火葬場が休み。葬儀屋がドライアイスを多量にあてがって23日の葬儀までもたせる長い通夜だったが、ドライアイスは不要と思えるほど底冷えした。手術から2年8か月だった。
21年前の思い出を振り切るように大谷祖廟を後にし、久しぶりに清水寺へ足を向けた。こちらの方はけっこう観光客が出ていた。偽ものか本ものか舞妓姿の娘が二人。

舞妓衣装のレンタルは、厳しい立ち居振る舞いの躾を受けている本物の舞妓の置屋組合からクレームが出て、「これは本ものの舞妓ではありません」のプラカードを持った貸衣装屋店員が一緒に歩くようになったと新聞で読んだことがある。清水寺で見た舞妓の傍にプラカードはなかったから本ものらしい。
最近の京都では観光客向けに和服のレンタル業が増え競争が激しい。そのせいか和服姿の娘さんのグループが賑やかはしゃいでいた。舞妓衣装はあの“おこぼ”とかいう丈のある履物で歩くのさえ難儀だから、誰でも着られる普通の和服の方のレンタルに変わったのだろうか。時代の変化である。
清水の舞台は冬枯れ色の木々に侘しかった。


人影も稀で、都の一郭に静謐な空間を保っている。石段を上がって廟前に到ると、折りしも一団の遺族の前で納骨の儀が進行中で読経する僧の姿があった。低い読経の声は静寂を不必要に破ることなく、薫香の煙に融け込んで空に消える。観光らしい白人のカップルが珍しげに眺めていた。

「3年生存率は60%です」手術の前夜、担当の外科医が言った。原発性のガンは手術後5年間再発しなければ完治とみなす。60%は微妙な数字である。僅かな希望を持たすいわば医師の社交辞令的コメントだと思う。
手術後見せて貰った妻の胃の外の鶏卵大に腫れたリンパ節を見てそう思った。目に見えるところは廓清したと説明されたが、リンパ液はガン細胞を全身に運ぶ。転移の可能性は極めて高い。60%は気休めである。1年後膵臓へ転移した。手術不能という。妻には言わなかったが以心伝心である。
お洒落だった彼女は、病み衰えた容姿を見せまいと頑なに兄弟親族一切の見舞いを謝絶した。家族だけでいいと言った。娘と3人で看取った。
平成3年の2月21日、あの日も異常に寒かった。22日が友引で火葬場が休み。葬儀屋がドライアイスを多量にあてがって23日の葬儀までもたせる長い通夜だったが、ドライアイスは不要と思えるほど底冷えした。手術から2年8か月だった。
21年前の思い出を振り切るように大谷祖廟を後にし、久しぶりに清水寺へ足を向けた。こちらの方はけっこう観光客が出ていた。偽ものか本ものか舞妓姿の娘が二人。

舞妓衣装のレンタルは、厳しい立ち居振る舞いの躾を受けている本物の舞妓の置屋組合からクレームが出て、「これは本ものの舞妓ではありません」のプラカードを持った貸衣装屋店員が一緒に歩くようになったと新聞で読んだことがある。清水寺で見た舞妓の傍にプラカードはなかったから本ものらしい。
最近の京都では観光客向けに和服のレンタル業が増え競争が激しい。そのせいか和服姿の娘さんのグループが賑やかはしゃいでいた。舞妓衣装はあの“おこぼ”とかいう丈のある履物で歩くのさえ難儀だから、誰でも着られる普通の和服の方のレンタルに変わったのだろうか。時代の変化である。
清水の舞台は冬枯れ色の木々に侘しかった。

読書考 [時事雑感]
「書物はいつから読んでもいいですか」
心臓の大手術を受けられた天皇陛下が、集中治療室での二日目にこう問われたとの報道に私は敬服した。書物(しょもつ)という日本語の響きもいい。あてがい扶持のテレビ番組を観ている天皇の姿より、自分の意志で選べる書物は読んでいる姿が天皇にふさわしい。
「本屋に行くと、まだ読んでいない書物が山のようにあり、私が生きている間に読める量は微々たるもので、焦りを覚えます」と昔、私がいた会社へ生産技術のコンサルタントとして招聘した某大学教授が述懐された。学者とはそういうものかと感心した。
読書のスタイルは人により違うらしい。私の場合は遅読であり、かつ甚だ散漫である。1冊の本を集中して読むことができず、いつも2~3冊またはそれ以上を並行して読む。それらの本は内容が関連している場合もあり、全くジャンルや言語が違うこともある。加齢による集中力の衰えによるのか、一冊に集中すると疲れる。趣を変えて全く別のものを読む。あるいは連想ゲームのように、或る本の記述に関連した別の本を読む。
昨年末に司馬遼太郎の「坂の上の雲」のテレビドラマ化が再放映された。何十年も前に読んだので、もう一度読み返すと、忘れていたことも多く新鮮である。文庫本で8巻。やっと7巻まで来た。司馬遼太郎の本は挿話が多い。登場人物一人ひとりについて、しばしば本論から離れ注釈的解説をする。何藩の出身で父はどんな人物だったか、維新では官軍だったか賊軍だったか。
それに釣られて、私も司馬本の中に出てくる秋山真之の回顧録とか、戊辰戦争の本を読む。また司馬が乃木大将をあまりにも無能者呼ばわりするのに反発を覚えて、乃木稀典の本を読んでみるといった具合である。我が家の本棚や、このホームの図書コーナーにある物以外はインタネット書店アマゾンで探す。アマゾンでは中古図書も出ている。定価1円で送料250円だけ負担すればよい。そんな訳で我が家の本棚は忽ちだらしなく溢れてしまうのだ。
本の冊数を抑える目的で折角買った電子書籍リーダーAmazon Kindleはいまだに日本語に対応していず、最近手に入れたiPadで買える本は品揃えが乏しい。
天皇はどんな書物を読んでおられるのだろうか。しばし公務は皇太子に委ねてゆっくり書物を楽しまれるとよい。
心臓の大手術を受けられた天皇陛下が、集中治療室での二日目にこう問われたとの報道に私は敬服した。書物(しょもつ)という日本語の響きもいい。あてがい扶持のテレビ番組を観ている天皇の姿より、自分の意志で選べる書物は読んでいる姿が天皇にふさわしい。
「本屋に行くと、まだ読んでいない書物が山のようにあり、私が生きている間に読める量は微々たるもので、焦りを覚えます」と昔、私がいた会社へ生産技術のコンサルタントとして招聘した某大学教授が述懐された。学者とはそういうものかと感心した。
読書のスタイルは人により違うらしい。私の場合は遅読であり、かつ甚だ散漫である。1冊の本を集中して読むことができず、いつも2~3冊またはそれ以上を並行して読む。それらの本は内容が関連している場合もあり、全くジャンルや言語が違うこともある。加齢による集中力の衰えによるのか、一冊に集中すると疲れる。趣を変えて全く別のものを読む。あるいは連想ゲームのように、或る本の記述に関連した別の本を読む。
昨年末に司馬遼太郎の「坂の上の雲」のテレビドラマ化が再放映された。何十年も前に読んだので、もう一度読み返すと、忘れていたことも多く新鮮である。文庫本で8巻。やっと7巻まで来た。司馬遼太郎の本は挿話が多い。登場人物一人ひとりについて、しばしば本論から離れ注釈的解説をする。何藩の出身で父はどんな人物だったか、維新では官軍だったか賊軍だったか。
それに釣られて、私も司馬本の中に出てくる秋山真之の回顧録とか、戊辰戦争の本を読む。また司馬が乃木大将をあまりにも無能者呼ばわりするのに反発を覚えて、乃木稀典の本を読んでみるといった具合である。我が家の本棚や、このホームの図書コーナーにある物以外はインタネット書店アマゾンで探す。アマゾンでは中古図書も出ている。定価1円で送料250円だけ負担すればよい。そんな訳で我が家の本棚は忽ちだらしなく溢れてしまうのだ。
本の冊数を抑える目的で折角買った電子書籍リーダーAmazon Kindleはいまだに日本語に対応していず、最近手に入れたiPadで買える本は品揃えが乏しい。
天皇はどんな書物を読んでおられるのだろうか。しばし公務は皇太子に委ねてゆっくり書物を楽しまれるとよい。
物忘れと認知症 [時事雑感]
「マヨネーズを買わなくちゃとスーパーに行ったら、他の物は買っても肝心のマヨネーズ買うの忘れてる!それからは買い物をメモに書いて忘れないようにしようとしたら、そのメモを持っていくのを忘れた!」と健忘症ぶりをテレビ番組の中で披露したのは、万年娘の山瀬まみさん。
それを聞いて、私だけではないんだと大いに安心した。私の物忘れは山瀬さんに勝るとも劣らない。ひょっとして認知症の始まりではないかと思うほどである。
偶然その数日後、このホーム主催の認知症セミナーがあった。当ホーム出入りの薬局の薬剤師が講師なので、アルツハイマー病の薬のPRが主目的だったようだが、内容は
① 認知症と物忘れの違い ②認知症の4つのタイプ ③認知症の治療薬とケア
以下そのセミナーからピックアップする。2010年で226万人が認知症。80~84歳の14.6%、85歳以上では27.3%だそうだ。
① 認知症と物忘れは違うのだという。しかし、認知症は最初の症状は物忘れに現われる。それに認知障害が加わって認知症となるのだそうだ。
認知障害の例として、洗濯物を干すとき、くしゃくしゃのまま広げずに干す。洗い終えた食器を冷蔵庫にしまう。葉書の宛名を書くとき、右に名前、中央に住所を書く、というような、単なるうっかりや、勘違いでは説明できない失敗があるという。
家族が気付いた認知症の初発症状の説明があった。
1.同じことを言ったり、訊いたりするようになった。
2.置き忘れやしまい忘れが目立つ。
3.水道やガスの閉め忘れが目立つ。
4.日課をしなくなった。(例、毎日日課としていた散歩をやめた)
5.時間や場所の感覚が不確かになった。(例、知っている町でも迷う)
6.依然あった興味や関心が失われた。
7.物の名前が出てこない。
8.財布を盗まれたという。
私の場合、家族がいないから分からないが、少なくとも上記2と7は自覚症状がある。ただし。7は物の名前でなく、人の名前である。
2の置き忘れ、しまい忘れは自分でもかなり重症だと思う。
過日携帯電話が見つからない、そんな時はいつも部屋の固定電話から自分の携帯を呼び出し、受信音から所在を知る。大抵机やテーブルの書類の下にある。その日は携帯が鳴らない。室内にはない。外でなくしたに違いないと判断し、購入先のauショップに行った。ショップでは取りあえず拾った人が使えぬようロックをかけておきす。見つかったらパソコン上で解除できますと解除方法を教えてくれた。一応警察へ遺失届けしておかれたらと勧める。いつどのあたりで失くしたのか見当がつかぬから届けようがない。
帰宅して洗濯をしようと洗濯物を洗濯機へ入れていると、ズボンのポケットから携帯電話が転がり出た。なんとマナーモードにしてあった。前日英語学校でマナーモードにしたことを忘れていたのだ。すんでのことで水責めにするところであった。
ある日ここのレストランレストラン(註;このホームでは給食制度はなく、レストランで好みのもの食べる)へ行ったら、見慣れた顔の夫婦が手を振った。3年ほど前まで私の2室隣の住人だったが退去された。やあ暫くですと隣のテーブルに座ったが、名前が思い出せない。今度再入居することにしました。よろしくと挨拶されるが、食事中ずっとえーと誰だったっけ?と思いながら雑談し続けた。後でそっとマネージャーに確かめた。珍しい姓なので忘れるはずがないのに。
セミナーでは認知症の4つ型や薬について説明があった。詳細は省くが最も多いのはアルツハイマー症候群で63%次いで脳血管性認知症が15%という。現在はアルツハイマー病の薬しか開発されていない。しかも治療はできず、進行を緩やかにするものであるという。
いずれにせよ全ての認知症の前に健忘症候群があるそうだ。もの忘れは認知症への入り口と言える。私の前途にも黄色信号が灯ったようなものである。
それを聞いて、私だけではないんだと大いに安心した。私の物忘れは山瀬さんに勝るとも劣らない。ひょっとして認知症の始まりではないかと思うほどである。
偶然その数日後、このホーム主催の認知症セミナーがあった。当ホーム出入りの薬局の薬剤師が講師なので、アルツハイマー病の薬のPRが主目的だったようだが、内容は
① 認知症と物忘れの違い ②認知症の4つのタイプ ③認知症の治療薬とケア
以下そのセミナーからピックアップする。2010年で226万人が認知症。80~84歳の14.6%、85歳以上では27.3%だそうだ。
① 認知症と物忘れは違うのだという。しかし、認知症は最初の症状は物忘れに現われる。それに認知障害が加わって認知症となるのだそうだ。
認知障害の例として、洗濯物を干すとき、くしゃくしゃのまま広げずに干す。洗い終えた食器を冷蔵庫にしまう。葉書の宛名を書くとき、右に名前、中央に住所を書く、というような、単なるうっかりや、勘違いでは説明できない失敗があるという。
家族が気付いた認知症の初発症状の説明があった。
1.同じことを言ったり、訊いたりするようになった。
2.置き忘れやしまい忘れが目立つ。
3.水道やガスの閉め忘れが目立つ。
4.日課をしなくなった。(例、毎日日課としていた散歩をやめた)
5.時間や場所の感覚が不確かになった。(例、知っている町でも迷う)
6.依然あった興味や関心が失われた。
7.物の名前が出てこない。
8.財布を盗まれたという。
私の場合、家族がいないから分からないが、少なくとも上記2と7は自覚症状がある。ただし。7は物の名前でなく、人の名前である。
2の置き忘れ、しまい忘れは自分でもかなり重症だと思う。
過日携帯電話が見つからない、そんな時はいつも部屋の固定電話から自分の携帯を呼び出し、受信音から所在を知る。大抵机やテーブルの書類の下にある。その日は携帯が鳴らない。室内にはない。外でなくしたに違いないと判断し、購入先のauショップに行った。ショップでは取りあえず拾った人が使えぬようロックをかけておきす。見つかったらパソコン上で解除できますと解除方法を教えてくれた。一応警察へ遺失届けしておかれたらと勧める。いつどのあたりで失くしたのか見当がつかぬから届けようがない。
帰宅して洗濯をしようと洗濯物を洗濯機へ入れていると、ズボンのポケットから携帯電話が転がり出た。なんとマナーモードにしてあった。前日英語学校でマナーモードにしたことを忘れていたのだ。すんでのことで水責めにするところであった。
ある日ここのレストランレストラン(註;このホームでは給食制度はなく、レストランで好みのもの食べる)へ行ったら、見慣れた顔の夫婦が手を振った。3年ほど前まで私の2室隣の住人だったが退去された。やあ暫くですと隣のテーブルに座ったが、名前が思い出せない。今度再入居することにしました。よろしくと挨拶されるが、食事中ずっとえーと誰だったっけ?と思いながら雑談し続けた。後でそっとマネージャーに確かめた。珍しい姓なので忘れるはずがないのに。
セミナーでは認知症の4つ型や薬について説明があった。詳細は省くが最も多いのはアルツハイマー症候群で63%次いで脳血管性認知症が15%という。現在はアルツハイマー病の薬しか開発されていない。しかも治療はできず、進行を緩やかにするものであるという。
いずれにせよ全ての認知症の前に健忘症候群があるそうだ。もの忘れは認知症への入り口と言える。私の前途にも黄色信号が灯ったようなものである。
口べっぴん [時事雑感]
光源氏は口べっぴんだと言う。寂聴さんの話である。甘い言葉を囁いては女性に帯を解かせる。相手の琴線に快く響く言の葉を吐き出す口ということだろうか。
東日本大震災の被災者に、頑張ってねと言うは易しい。芸能人やセレブが被災地を訪れ、パフォーマンスを披露する。被災者たちの心の琴線にふれ、非日常のひととき、日常の苦難を忘れさせるかもしれない。
一方、現実の生活復興に支障を来たしている瓦礫の処理に、神奈川県知事が手を差し伸べると、住民は挙って反対する。セレブやアーチストと称する芸能人たちの歌や踊りだけでは瓦礫の山は減ることはない。福島県産のコメは放射能がなくとも、風評で買い叩く非被災地の商人たちもいる。
口では頑張れだの、応援しているよだの美辞を吐きながら、現実が自分に振りかかってくるとなると、それは困ります。こちらに回さないでと背を向ける。人は誰でも自衛本能がある。私も例外ではないが、もし神戸市で瓦礫処分をやることになっても、反対はしない。
同じことは沖縄の基地問題でも見られる。海兵隊の訓練地や駐屯地を沖縄県外に移そうと政府が及び腰に打診すれば、地元自治体の首長、住民はとんでもないと反対を叫ぶ。地方自治を根幹とする民主主義を日本に植え付けたのは、他ならぬアメリカである。そのアメリカが地方自治体に背かれている。因果な話である。
ともあれ口べっぴんするだけでは日本人の好きな「絆」とやらは繋がらないと思う。

(画像はWikipediaより)
東日本大震災の被災者に、頑張ってねと言うは易しい。芸能人やセレブが被災地を訪れ、パフォーマンスを披露する。被災者たちの心の琴線にふれ、非日常のひととき、日常の苦難を忘れさせるかもしれない。
一方、現実の生活復興に支障を来たしている瓦礫の処理に、神奈川県知事が手を差し伸べると、住民は挙って反対する。セレブやアーチストと称する芸能人たちの歌や踊りだけでは瓦礫の山は減ることはない。福島県産のコメは放射能がなくとも、風評で買い叩く非被災地の商人たちもいる。
口では頑張れだの、応援しているよだの美辞を吐きながら、現実が自分に振りかかってくるとなると、それは困ります。こちらに回さないでと背を向ける。人は誰でも自衛本能がある。私も例外ではないが、もし神戸市で瓦礫処分をやることになっても、反対はしない。
同じことは沖縄の基地問題でも見られる。海兵隊の訓練地や駐屯地を沖縄県外に移そうと政府が及び腰に打診すれば、地元自治体の首長、住民はとんでもないと反対を叫ぶ。地方自治を根幹とする民主主義を日本に植え付けたのは、他ならぬアメリカである。そのアメリカが地方自治体に背かれている。因果な話である。
ともあれ口べっぴんするだけでは日本人の好きな「絆」とやらは繋がらないと思う。

(画像はWikipediaより)
アンチエイジング [時事雑感]
私のいる老人ホームでは毎週月曜日と金曜日、インストラクターを招いてホーム主催のアスレチクス教室がある。私は入所以来、月曜の午前中のクラスに参加している。間もなく6年になる。
今朝ベッドから起き上がる時、右ひじに激痛があった。腕を屈伸時に痛む。突然の痛みに取りあえず湿布薬を張って朝食の準備をしながら、今日は休むかなと怠け心が出たが、このところ異常寒波で運動不足だ。思い直して痛み止めを飲み、出席した。
最初に四肢と全身ストレッチ運動30分、次に器械を使っての筋トレを5種、有酸素運動としてのエアロバイクまたはウォーキングマシンをやる。負荷は最初にインストラクーが個人ごとに決めてくれるが、その後は自分で目標を決めて少しずつ上げていく。最後の30分はインストラクターが毎月変える課題と整理運動である。
痛み止めが効いていたのかもしれぬが、やっているうちに肘の痛みを感じなくなった。午後もう痛み止めの効果はなくなった筈なのに、痛みはなかった。起床時の痛みは単なる筋違いであったのか。休まずに出席してよかった。
高齢者の筋肉は使わないと直ぐになくなるそうだ。筋肉の柔軟性を保つことは血管年齢も下げ、動脈硬化を遅らせる効果も期待できるという。
私のクラスの最高齢は90歳、その次は88歳。いすれも私と同じく伴侶を亡くした男性。そのお歳にしては運動をしていない年下の人よりずっと元気だ。運動を続けているから元気なのか。あるいは元々元気だったから運動に耐えられるのか。鶏と卵論だが、私の場合はアスレチクス教室に入ったことで健康を取り戻したと思っている。
私は1週間に1回だけでなく、間の日も時間が許す限り、ジムに下りて器械を使う。これは一種のアンチエージング療法だと思う。
余談になるが、インストラクターのN先生は遊び心を取り込んだユニークなトレーニングを持ち込む。例えば拳玉、拳玉は膝の屈伸(スクワット)、バランス感覚、精神集中に良いとの説明だ。男女の老人が懸命に挑戦して、決まった時に達成感を味あう。はたから見たら滑稽に見えるだろうが、結構皆さんはまってしまうのである。
現在4人に1人が高齢者といわれる日本だが、高齢者=病弱者のイメージをなくしたいと精進している。
今朝ベッドから起き上がる時、右ひじに激痛があった。腕を屈伸時に痛む。突然の痛みに取りあえず湿布薬を張って朝食の準備をしながら、今日は休むかなと怠け心が出たが、このところ異常寒波で運動不足だ。思い直して痛み止めを飲み、出席した。
最初に四肢と全身ストレッチ運動30分、次に器械を使っての筋トレを5種、有酸素運動としてのエアロバイクまたはウォーキングマシンをやる。負荷は最初にインストラクーが個人ごとに決めてくれるが、その後は自分で目標を決めて少しずつ上げていく。最後の30分はインストラクターが毎月変える課題と整理運動である。
痛み止めが効いていたのかもしれぬが、やっているうちに肘の痛みを感じなくなった。午後もう痛み止めの効果はなくなった筈なのに、痛みはなかった。起床時の痛みは単なる筋違いであったのか。休まずに出席してよかった。
高齢者の筋肉は使わないと直ぐになくなるそうだ。筋肉の柔軟性を保つことは血管年齢も下げ、動脈硬化を遅らせる効果も期待できるという。
私のクラスの最高齢は90歳、その次は88歳。いすれも私と同じく伴侶を亡くした男性。そのお歳にしては運動をしていない年下の人よりずっと元気だ。運動を続けているから元気なのか。あるいは元々元気だったから運動に耐えられるのか。鶏と卵論だが、私の場合はアスレチクス教室に入ったことで健康を取り戻したと思っている。
私は1週間に1回だけでなく、間の日も時間が許す限り、ジムに下りて器械を使う。これは一種のアンチエージング療法だと思う。
余談になるが、インストラクターのN先生は遊び心を取り込んだユニークなトレーニングを持ち込む。例えば拳玉、拳玉は膝の屈伸(スクワット)、バランス感覚、精神集中に良いとの説明だ。男女の老人が懸命に挑戦して、決まった時に達成感を味あう。はたから見たら滑稽に見えるだろうが、結構皆さんはまってしまうのである。
現在4人に1人が高齢者といわれる日本だが、高齢者=病弱者のイメージをなくしたいと精進している。
Good-bye and thank you! [時事雑感]
1月30日、永年通い続けた英会話学校の最後のレッスンを受けた。昨年1月このブログで「あと6か月です」と題し、倒産した旧NOVAへの債権を引き継いでくれた新しいNOVAでの割引特典(正規料金の75%Xシニア割引15%)が、あと6か月で終わると書いたが、腰痛や、旅行などで出席できぬことがあって、特典割引は8月まで延びた。
その後レッスンのレベルを上げ、シニア割引15%で続けていた。ここではレッスンのレベルはAからHまでの9ゾーン制になっている。私はGを受けていたが、昨年Hゾーンが新設された。それでHのテキストを買って始めた。しかしやはり加齢による記憶力の減退著しく、またHゾーンは受講者が少なく、マンツーマンレッスン以外はなかなか予約が取れない。当然ながらマンツーマンレッスンは費用が高くつく。コストパフォーマンスを考えたら、もう潮時と辞めることにした。
先週は幸い明石校の他の教師たち(英国、カナダ、オーストラリア人)とそれぞれ最後のレッスンを持てた。現在は英国人(England人)が多い。皆さん私の子供か孫の世代だから敬意を払ってくれる。
昨日最後のレッスンは英国人D君だった。真面目な好青年である。名残を惜しんで「最後に一緒に記念写真を撮りましょう」とiPhoneを持ってきた。そこへ同じ英国人のM君も加わった。事務のスタッフを呼んでシャッターを押してらう。ついでに私のカメラでも押してもらった。メールアドレスを交換した。
まだ会社にいたころ、仕事上の必要から始めた駅前留学だったが、お蔭で内外に多くの知己を得た。今日はある種の解放感にある。しかし、このまま放っておくと忽ち忘れてしまうだろう。これからが問題だ。先ずはまだ終わっていないHレベルのテキストを自習で上げることにしよう。
その後レッスンのレベルを上げ、シニア割引15%で続けていた。ここではレッスンのレベルはAからHまでの9ゾーン制になっている。私はGを受けていたが、昨年Hゾーンが新設された。それでHのテキストを買って始めた。しかしやはり加齢による記憶力の減退著しく、またHゾーンは受講者が少なく、マンツーマンレッスン以外はなかなか予約が取れない。当然ながらマンツーマンレッスンは費用が高くつく。コストパフォーマンスを考えたら、もう潮時と辞めることにした。
先週は幸い明石校の他の教師たち(英国、カナダ、オーストラリア人)とそれぞれ最後のレッスンを持てた。現在は英国人(England人)が多い。皆さん私の子供か孫の世代だから敬意を払ってくれる。
昨日最後のレッスンは英国人D君だった。真面目な好青年である。名残を惜しんで「最後に一緒に記念写真を撮りましょう」とiPhoneを持ってきた。そこへ同じ英国人のM君も加わった。事務のスタッフを呼んでシャッターを押してらう。ついでに私のカメラでも押してもらった。メールアドレスを交換した。
まだ会社にいたころ、仕事上の必要から始めた駅前留学だったが、お蔭で内外に多くの知己を得た。今日はある種の解放感にある。しかし、このまま放っておくと忽ち忘れてしまうだろう。これからが問題だ。先ずはまだ終わっていないHレベルのテキストを自習で上げることにしよう。
寒稽古 [時事雑感]
今春から武道が中学校の必修科目になるということから、テレビで柔道練習中に死亡事故が多いことを取り上げていた。必修になる武道とは剣道、柔道、相撲だそうだ。相撲は土俵を作らねばならず、剣道は防具が高価なことから、体育館に畳を敷く柔道を選ぶ学校が多いという。柔道の事故は投げられて頭部を強打する致命的な原因によるという。
その特別番組を聞きながら、私の中学の頃を思い出した。体育の時間とは別に必修科目の武道があり、柔道か剣道かの選択制だった。公立学校だが義務教育でなかったから、防具や竹刀は個人負担である。私は虚弱体質のヒョロヒョロだったから柔道は敬遠し、剣道を選んだ。学校の道場の半分が剣道用の板張り、半分が柔道用畳敷きだった。
朝鮮の冬は寒い。朝、居間の金魚鉢が凍って金魚が氷に閉じ込められている。家族が起きて暖房を入れると、金魚鉢の氷が溶け、やがてまた泳ぎだすほど寒いのである。寒いから冬休みも長い。冬休み中に寒稽古というイベントがあった。毎朝6時まだ暗い凍った道を登校する。氷点下10度~13度くらいだった。
道場は窓を全開にしてある。座っていると寒いから動かざるをえない。皆の白い息と汗が霜となって床に落ち、凍って滑る。日が昇りきるまで2時間程の稽古であった。
当時の武道は忍耐力を養う精神性の高いものだった。もちろん運動神経の優れた生徒は4年生か5年生で講道館の初段を取る者もいた。
今騒がれている柔道事故のような頭部の事故はなかった。投げられた時に頭を守る基本的な受け身の技をみっちり仕込まれるからだ。1年生は受け身の稽古に終始していたと思う。私が目撃した負傷は白熱した学校対抗試合での、腕をきめられての脱臼か骨折だった。現在でも接骨院といえば、柔道整体師という柔道の高段者がやっている由縁である。
まともに受け身の技を身につけぬうちに、先輩や教師から投げつけられるから頭を打つ。テレビで警告していたのはまさにこれである。大阪の教育委員が中学では受け身をマスターするだけでいいのではないかと言っていたが私も同感である。
昔の武道は修身という徳目教育と並立した精神教育だった。昔もいじめはあったが、いじめや喧嘩で武道を使う者はいなかった。徳目教育がない今、いじめに武道が使われるのを恐れる。ホームレスのいじめに使われてはたまらない。
武道の他にダンスも必修科目になるのだそうだ。こちらの方は正直私には羨ましい話だ。
その特別番組を聞きながら、私の中学の頃を思い出した。体育の時間とは別に必修科目の武道があり、柔道か剣道かの選択制だった。公立学校だが義務教育でなかったから、防具や竹刀は個人負担である。私は虚弱体質のヒョロヒョロだったから柔道は敬遠し、剣道を選んだ。学校の道場の半分が剣道用の板張り、半分が柔道用畳敷きだった。
朝鮮の冬は寒い。朝、居間の金魚鉢が凍って金魚が氷に閉じ込められている。家族が起きて暖房を入れると、金魚鉢の氷が溶け、やがてまた泳ぎだすほど寒いのである。寒いから冬休みも長い。冬休み中に寒稽古というイベントがあった。毎朝6時まだ暗い凍った道を登校する。氷点下10度~13度くらいだった。
道場は窓を全開にしてある。座っていると寒いから動かざるをえない。皆の白い息と汗が霜となって床に落ち、凍って滑る。日が昇りきるまで2時間程の稽古であった。
当時の武道は忍耐力を養う精神性の高いものだった。もちろん運動神経の優れた生徒は4年生か5年生で講道館の初段を取る者もいた。
今騒がれている柔道事故のような頭部の事故はなかった。投げられた時に頭を守る基本的な受け身の技をみっちり仕込まれるからだ。1年生は受け身の稽古に終始していたと思う。私が目撃した負傷は白熱した学校対抗試合での、腕をきめられての脱臼か骨折だった。現在でも接骨院といえば、柔道整体師という柔道の高段者がやっている由縁である。
まともに受け身の技を身につけぬうちに、先輩や教師から投げつけられるから頭を打つ。テレビで警告していたのはまさにこれである。大阪の教育委員が中学では受け身をマスターするだけでいいのではないかと言っていたが私も同感である。
昔の武道は修身という徳目教育と並立した精神教育だった。昔もいじめはあったが、いじめや喧嘩で武道を使う者はいなかった。徳目教育がない今、いじめに武道が使われるのを恐れる。ホームレスのいじめに使われてはたまらない。
武道の他にダンスも必修科目になるのだそうだ。こちらの方は正直私には羨ましい話だ。
新春ハイキング [時事雑感]
19日この老人ホームのハイキングだった。ホーム主催の行事ではなく、有志による同好会のようなものだ。年に2.3度世話役のO氏とM氏が企画して下さる。
新春とあって神戸市内中心部の三社参りとなった。男女合わせて19名が参加。ハイキング会の参加者は、高齢者としては健脚の持ち主だから、おのずから同じ顔ぶれになる。最初は松の内の11日に歩く予定だったが、昼食会場の神戸会館が休日だったため、三社参りとしては遅くなった。長田神社、湊川神社、生田神社の順に歩く。
冗長を避け省略するが、長田神社「主祭神は事代主神(ことしろぬしのかみ)」と生田神社「主祭神稚日女尊(わかひるめのみこと)」は、いずれも古代神宮皇后の朝鮮出兵からの戻りの航行の安全とゆかりのある神社とされ歴史が古い。湊川神社は南北朝時代、南朝側の武将、楠正成を祀る。南朝を正統とする明治天皇が忠臣の鑑として開設した。


(長田神社)
全国どの神社にも主祭神の他に複数の神が祀られ、神様のコンドミニアムをなしている。各神社の崇敬会の会員は別として、一般庶民にはどの神様でもどうだっていいことなのだ。何しろ日本には800万もの神がいるそうだから。
拝殿に立って賽銭を上げ、二礼二拍一礼の古来作法に従うと、我々の世代では心中にある種の安堵を得るから妙だ。異文化から来た外国人にはわからない精神作用だろう。

(長田商店街、今年の大河ドラマ平清盛が町おこしに繋げようとの意気込みだが)
前日まで乾燥注意報が出放しだった神戸も、生憎というべきか、慈雨というべきか雨になった。二社目の湊川神社から生田神社までは距離がある。ここで半分近くの方が止めた。
週日の雨天ときては、神社も商店街も人影はまばらであった。

(湊川神社)
私とFさんは皆さんより遅れて、二人で生田神社を目指した。Fさんは今年卒寿だという。昨年秋のハイキングの時88歳で市役所から米寿祝いを貰ったと言っていたのに。何故ですかと聞くと、数え年だと卒寿になるのだそうだ。役所は満年齢で米寿としたのだろう。
皆さんとはぐれた。O氏から貰った地図では皆さんは南京町を歩いているはずだが、我々は雨を避け、元町アーケード街を歩いて生田神社へ行った。Fさんの妹さんが60年前この神社で結婚式を挙げたと言い、懐かしくなったのか、携帯電話を取り出して妹さんと話をされた。

(生田神社)
結局他のメンバーと再会することができず、二人でコーヒーショップで休憩して帰途に就いた。Fさんは卒寿にしては、パソコン愛好家である。知りたいことをネットで検索するとたちどころに分かる。便利なものですなと言う。パソコンオタクの私と話が合う。
さて遅い三社詣でになったが、初詣に三社詣でをするのは古くから西日本、特に九州地方に伝わる慣習だそうだ。関東方面ではどうか知らないが、今では関西では広まっている。神社側と旅行社の利害が一致することによるPRの成果だろうか。
阪神淡路大震災17周年に思う [時事雑感]
1995年1月17日朝5時47分地震発生の直前に目覚まし時計が鳴った。当時はまだ現役で一人暮らしだったから、アラームは45分にセットしてあった。マンションの3階にいた。そのことは、依然このブログで書いたから、ここでは繰り返さない。
日本では自然災害の経験から学習して、次の災害に備える。この地震が起こるまで、地震対策の想定規模は1923年(大正12年)9月1日発生した関東大震災だった。相模湾を震源とするM7.9、東京、神奈川県を中心に10万5千人が犠牲になった。以後地震対策はこれを基準に進められてきた。建物の耐震・耐火基準、避難訓練もそうであった。
17年前の阪神淡路大震災はM7.2とスケールは関東大震災より小さかったのは、活断層のズレで被災範囲が限定的だったからだ。それでも犠牲者は6千400人を超えた。
関東大震災の大正時代には、埋立て造成の宅地も高速道路もなかった。阪神大震災で液状化や地滑りの被害を経験した。新しい基準が生まれた。活断層の分布も調べられた。しかし大津波も原発被害も経験しなかった。
昨年3月の東日本は未曽有のM9、阪神大震災が小さく思えるほどの規模である。巨大津波の範囲も大きかった。想定外と言ってよい。だが一部専門家は、また野党もそうだが、後で知った知識を基にして、いや想定外とは言えない。想定できた範囲だと言う。私にはそれが気に入らない。じゃあ、なぜ去年の3月前に声を大にして言わなかったのと言いたくなる。
人間は災害が起きた直後は、次の地震がすぐ起こるように思って対策に奔走するが、大地震は人間の寿命の何倍もの間隔をおいてやってくる。まして人間というものは、辛いこと早く忘却の彼方に押し流したい本能がある。
昨年大阪の木津川べりに155年前の大津波の慰霊碑を見た。忘れないように時々墨を入れて欲しいと刻んであった。今回の大津波でも、「ここから下に住むな」と先祖が刻んだ碑を無視して、海近くに住み被害にあった町もある。現在海岸の埋立地や山を削って盛土した造成宅地に住んでいる人たちは、300年~1000年という周期でやって来る大地震に備えて、引っ越すことは、可能だろうか。たまたま自分の代に発生したら、それは不運というものであろう。
とまれ、阪神淡路大震災、東日本大震災で不運だった犠牲者の方々のご冥福を祈る。
誘惑 [時事雑感]
元旦に今年の目標は「断捨離」にしようと思った。その矢先のこと、1月2日朝にAppleから初売り案内のメールが入った。本日24時までに限り全製品が10%近く安く、送料も無料とある。Apple製品は、量販電器店でも値下げしない特別扱いの感がある。iPad に関心があった。デビユーの時マスコミが大きく取り上げた。「断捨離」の手前、大いに悩んだ。
Apple社のメールにリンクされたHPでiPadのPRを何度も見ながら、23時40分、遂に誘惑に屈した。Appleから注文成立の確認メールが届いたのは、締切15分前の23時45分。それから2日後、新しいi-Pad2が届いた。
http://www.apple.com/jp/ipad/
ところがi-Padには取扱説明書が付いていない。パソコンでAppleのホームページからダウンロードしてなくてはならぬ。最近のIT機器はこの方式が多くなった。機能が多岐に亘り、かつ相互に関連しているから、紙の説明書だと、あちこちめくって見るのが面倒だ。ネット上ではハイパーテキストだから関連ページにクリックで飛べる。メーカー側としても印刷のコストが省け、誤記があれば即座に修正できる利点がある。
だがAppleの説明書はアメリカ版の翻訳文だから、日本語としては読み易いとは言えず、専門用語は最初から分かっていることを前提として書かれている。最初のセットアップから躓いてしまった。
心斎橋のApple直営店の2階でワークショップという講習をやっているのを知り、ネットで「iPad入門」コースを予約した。老若男女30人くらいいた。インストラクターがデモ用のMacノート パソコンと連動した大きなスクリー(MicroSoftではパワーポイントに相当か)に映し出して、iPadの基本的な使い方を1時間で話す。時間が限られているから同じことは二度言わずどんどん進み、あっという間に終わり、質疑応答の時間もない。
「引き続きIPad中級コースをやります。希望の方はそのままお待ちください」というのを聞き流して出た。まだセットアップも済んでいない私としては、時間の無駄だ。当座の問題の解決にならない。マンツーマンの相談はまた別に予約を取らないとやってくれないシステムだ。
Apple はその製品の評価は高いかも知れぬが、直営店は世界で300店舗、日本国内には6店しかなく、オンラインstoreが主体で、サービスも電話か、HP上でのQ&Aで該当する問題を検索して答を探さねばならぬ。
仕方がないから、帰途にヨドバシカメラに寄って、参考書を求め、オンラインの説明書と読み比べながらマイペースでぼつぼつ取り組むことにした。何とかセットアップし、無線LAN WiFi経由でインターネットに繋がるようになった。
物欲を捨てきれない凡人は、限定販売という言葉に弱い。「断捨離」の決意は揺らいだが、どうせ先行き短いのだ。命あるうちは知的好奇心を失わない方が大切だと、自分で自分に言い訳し納得させた。
蛇足ながらこのiPadもデザインはアメリカ、製造は中国である。中国で海賊版が直ぐに出るわけだ。
Apple社のメールにリンクされたHPでiPadのPRを何度も見ながら、23時40分、遂に誘惑に屈した。Appleから注文成立の確認メールが届いたのは、締切15分前の23時45分。それから2日後、新しいi-Pad2が届いた。
http://www.apple.com/jp/ipad/
ところがi-Padには取扱説明書が付いていない。パソコンでAppleのホームページからダウンロードしてなくてはならぬ。最近のIT機器はこの方式が多くなった。機能が多岐に亘り、かつ相互に関連しているから、紙の説明書だと、あちこちめくって見るのが面倒だ。ネット上ではハイパーテキストだから関連ページにクリックで飛べる。メーカー側としても印刷のコストが省け、誤記があれば即座に修正できる利点がある。
だがAppleの説明書はアメリカ版の翻訳文だから、日本語としては読み易いとは言えず、専門用語は最初から分かっていることを前提として書かれている。最初のセットアップから躓いてしまった。
心斎橋のApple直営店の2階でワークショップという講習をやっているのを知り、ネットで「iPad入門」コースを予約した。老若男女30人くらいいた。インストラクターがデモ用のMacノート パソコンと連動した大きなスクリー(MicroSoftではパワーポイントに相当か)に映し出して、iPadの基本的な使い方を1時間で話す。時間が限られているから同じことは二度言わずどんどん進み、あっという間に終わり、質疑応答の時間もない。
「引き続きIPad中級コースをやります。希望の方はそのままお待ちください」というのを聞き流して出た。まだセットアップも済んでいない私としては、時間の無駄だ。当座の問題の解決にならない。マンツーマンの相談はまた別に予約を取らないとやってくれないシステムだ。
Apple はその製品の評価は高いかも知れぬが、直営店は世界で300店舗、日本国内には6店しかなく、オンラインstoreが主体で、サービスも電話か、HP上でのQ&Aで該当する問題を検索して答を探さねばならぬ。
仕方がないから、帰途にヨドバシカメラに寄って、参考書を求め、オンラインの説明書と読み比べながらマイペースでぼつぼつ取り組むことにした。何とかセットアップし、無線LAN WiFi経由でインターネットに繋がるようになった。
物欲を捨てきれない凡人は、限定販売という言葉に弱い。「断捨離」の決意は揺らいだが、どうせ先行き短いのだ。命あるうちは知的好奇心を失わない方が大切だと、自分で自分に言い訳し納得させた。
蛇足ながらこのiPadもデザインはアメリカ、製造は中国である。中国で海賊版が直ぐに出るわけだ。
年賀状 [時事雑感]
正月も7日になった。年賀状を整理した。年賀状は平素交流が疎遠になっている知人の消息を知る機会でもある。
「謹賀新年。旧年中はお世話になりました。本年も相変わらずよろしく」と万人向けの印刷文だけを、もう何年も会っていない人から頂くと、こちらは何もお世話した覚えがないよと言いたくもなるが、それでも発信人の暮らしぶりや性格まで想像できる。こんな人は多分忙しくしていて、賀状を量産するが、細かい気配りをしない人だと想像する。
親戚や、親しくしている若いカップルが子供の成長ぶりを写真で送ってくるのは微笑ましいし、子育て頑張っているなと思う。
しかし、また年に一度あるかないかの消息に、孫の写真だけをプリントしてくる人がいる。
せめて本人を交えた家族写真ならいいのに、いくら目に入れても痛くない孫であろうが、こちとらは生涯会うことはないのだから、これはまさに親バカならぬ爺バカのミーイズムではなかろうか。私としてはご本人の消息が知りたいのだ。
ミーイズムと言えば、現役時代の会社の取引銀行の幹部からの年賀状に、私的な旅行に行ってきたことを得々と綴られていて、バカじゃなかろかと、その公私混同ぶりに呆れたことがある。
毎年律儀に年賀状を下さるのに、毎年郵便局の「番号違い」のスタンプが押されてくるのもある。そういう方にはこちらから出す年賀状の郵便番号を赤枠で囲って、それとなく注意を喚起しているのに、名簿を直して頂けない。
さて同級生たちは、自分の動静を知らせてくる。病気だとか、足が弱って外出できないとか、元気でいるとか。
また海外の友人もクリスマスカードは記入面積が多いから、近況を書いてくる。昨年は消息の分からなかった英国ケント州ディールのモリーンさん、ご主人からのカードによると、彼女は認知症で介護施設に入っているとのこと。彼女はホームステイのホストファミリーだった。
また私がNOVAに初めて行った時、体験レッスンをしてくれたメルボルンのヘレンさん、最近体調不良で弱っているとカードにあった。メルボルンに遊びに行った時案内役をしてくれた。
カナダPEIのバーバラさん、心臓の手術を受けたが順調に回復していると、ほっとさせる。
韓国春川の金さん、認知症だとご子息から英語のメールだった。
歳月の流れはあまねく平等だ。来年も年賀状が出せるか、受け取れるかは知る由もないが、形式だけの虚礼はもう止めたいものだ。
2012年を迎えて [時事雑感]

また新しい年を迎えた。実は大晦日の夜出発して深夜伊勢神宮に到り、初詣の後、知多半島師崎港よりチャーター船で海上での初日を観るバスツアーを申し込んであったのだが、申込者不足で催行中止に。我が家からは海に沈む太陽は見えるが、海から上るのは見えぬ。それで大いに期待していたのだが残念であった。
今日は遅く起床して我が家伝統の雑煮を作って一人で祝い、リハビリ中のMさんに付き添って近くの海(かい)神社に参詣する。海神社は神宮皇后三韓出兵にゆかりのある古い神社で、国道2号線を挟んで垂水漁港に近い。
2号線沿いに長い参拝者の行列ができていた。最後尾に付き拝殿に達するのに40分くらいかかった。老いも若きもそれぞれの願いをかける。つい1週間前のクリスマス同様、日本人にとって初詣も年中行事の一つであって、宗教的行為ではない。

Mさんは一時車椅子に乗っていたが、その後歩行器、今では杖だけにまで回復した。今日はホームから海神社まで初詣送迎バスをチャーターしたが、Mさんはバスのステップの昇降がまだできないとのことで、一緒に歩くことにした。

最近健康寿命という概念がある。平均寿命とは寝たきりでもなんでも、とにかく生きている、心臓が止まるまでの期間だが、健康寿命とは介護を必要とせず自立できている期間をいう。当然ながら平均寿命より数年短くなる。男女とも日本が世界一だ。
厚生省の統計では2010年の平均寿命は男性79.64 女性は86.39、これに対し健康寿命は男性73歳女性78歳という。
私もそうだが、Mさんも介護付き老人ホームにいて、介護を受けない健康寿命の維持に挑戦しているといえる。
厚生労働省では増え続ける社会保障費の増加を抑える必要もあって健康寿命を延ばすスマートライフ・プロジェクトなるものを立ち上げている。
http://www.mhlw.go.jp/seisaku/2011/02/01.html
介護付き老人ホームというのはバリアフリー構造で、階段以外は館内に全く段差がない。廊下から玄関、室内、浴室、トイレ、キッチン、ベランダ、全て同一平面にある。そんな暮らしに慣れてしまうと、段差のある外へ出ると転倒の危険が増す。健康寿命は身体だけでなく、また脳も活性化している状態のことだ。
既に日本男性平均寿命も平均健康寿命も過ぎてしまった私である。この上は健康寿命を稼ぐことが社会保障費を節約し、世のため、人のために役立つことと思い定めて今年を送りたい。
最近の出来事から(2) [時事雑感]
☆マニフェストは絶対のものか
民主党の小沢氏に近い9名が野田内閣のマニフェスト違反に反旗を翻した。消費税を上げなくとも済むなら、お互いそんな幸せなことはない。誰しも大歓迎である。
世界一の超高齢化国家、国債発行残高が900兆円という世界一の借金大国、先進諸国の中で世界一低消費税率の日本が続いていく妙案があるのなら小沢派はそれを示して欲しい。
少なくとも民主党がマニフェストを策定した時は、今次大震災は想定外だった筈だ。
衆議院落選のセーフティネットの役割になっている参議院の廃止、高齢でも財界、政界での高額所得者、高額資産家への年金停止などはどうだろう。
(政府債務残高のGDP比、国際比較)

☆泣き女
今はどうか知らないが、中国・朝鮮では古来葬式に泣き女を雇う習慣があった。女たちは人前では大声を上げ、地を叩いて号泣するが、休憩時間がくると無駄口叩きながら笑っている。
北朝鮮の偉大なる将軍様のために慟哭するのは、別に金で雇われた泣き男、泣き女ではないだろう。泣きっぷりで忠誠心が試されていると思うから、テレビカメラの前では派手に泣いてみせるのだという。
何の実績もなく28歳で大将に任命された金正恩、一方軍服は派手だったが、死ぬまで大佐で終わったカダフィー。彼を大将に任命する彼より偉い人がいなかった。独裁者の悲劇。
☆女子挺身隊
「戦地で戦っている皇軍兵士を慰める愛国的女性を求む」戦時中新聞に慰安婦募集の広告があった。私は子供心に兵隊さんにお酒のお酌でもする女の人のことかと思った。慰安婦が売春婦と知ったのはずっと後のことだった。
韓国では女子挺身隊=従軍慰安婦という誤った歴史認識がある。女子挺身隊は、兵隊に行った男子の人手不足を補うため、戦時国民総動員法に基づく女子挺身勤労令により、日本人・朝鮮人の区別はなく14歳から25歳までの独身女性を動員した。私の姉も女子挺身隊として動員され、市庁で無給で事務を執っていた。
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rs19-519.htm
戦後、日本人がいなくなった朝鮮総督府かソウル市庁の地下倉庫に女子挺身隊名簿が発見され、韓国のマスコミが女子挺身隊を慰安婦と曲解して報道したから騒ぎが大きくなった。
戦争の時は日本軍に限らず占領地では強姦が頻発する。それを防ぐために慰安所が作られた。日本の色町の経営者も娼妓を連れて参加したという。もちろん金儲けが目的である。題名は忘れたが有馬寧義の小説で読んだことがある。
また私が戦後勤務した工場で、兵隊として戦地で慰安所を利用した先輩たちの話も聞かされた。1回5円だったということも。
今のマスコミも日本政府も戦争を知らない世代になっているから、女子挺身隊=慰安婦との韓国の主張を鵜呑みにしている人が多いし、敢えて真相を詮索しようとせず、臭いものには蓋である。
民主党の小沢氏に近い9名が野田内閣のマニフェスト違反に反旗を翻した。消費税を上げなくとも済むなら、お互いそんな幸せなことはない。誰しも大歓迎である。
世界一の超高齢化国家、国債発行残高が900兆円という世界一の借金大国、先進諸国の中で世界一低消費税率の日本が続いていく妙案があるのなら小沢派はそれを示して欲しい。
少なくとも民主党がマニフェストを策定した時は、今次大震災は想定外だった筈だ。
衆議院落選のセーフティネットの役割になっている参議院の廃止、高齢でも財界、政界での高額所得者、高額資産家への年金停止などはどうだろう。
(政府債務残高のGDP比、国際比較)

☆泣き女
今はどうか知らないが、中国・朝鮮では古来葬式に泣き女を雇う習慣があった。女たちは人前では大声を上げ、地を叩いて号泣するが、休憩時間がくると無駄口叩きながら笑っている。
北朝鮮の偉大なる将軍様のために慟哭するのは、別に金で雇われた泣き男、泣き女ではないだろう。泣きっぷりで忠誠心が試されていると思うから、テレビカメラの前では派手に泣いてみせるのだという。
何の実績もなく28歳で大将に任命された金正恩、一方軍服は派手だったが、死ぬまで大佐で終わったカダフィー。彼を大将に任命する彼より偉い人がいなかった。独裁者の悲劇。
☆女子挺身隊
「戦地で戦っている皇軍兵士を慰める愛国的女性を求む」戦時中新聞に慰安婦募集の広告があった。私は子供心に兵隊さんにお酒のお酌でもする女の人のことかと思った。慰安婦が売春婦と知ったのはずっと後のことだった。
韓国では女子挺身隊=従軍慰安婦という誤った歴史認識がある。女子挺身隊は、兵隊に行った男子の人手不足を補うため、戦時国民総動員法に基づく女子挺身勤労令により、日本人・朝鮮人の区別はなく14歳から25歳までの独身女性を動員した。私の姉も女子挺身隊として動員され、市庁で無給で事務を執っていた。
http://www.geocities.jp/nakanolib/rei/rs19-519.htm
戦後、日本人がいなくなった朝鮮総督府かソウル市庁の地下倉庫に女子挺身隊名簿が発見され、韓国のマスコミが女子挺身隊を慰安婦と曲解して報道したから騒ぎが大きくなった。
戦争の時は日本軍に限らず占領地では強姦が頻発する。それを防ぐために慰安所が作られた。日本の色町の経営者も娼妓を連れて参加したという。もちろん金儲けが目的である。題名は忘れたが有馬寧義の小説で読んだことがある。
また私が戦後勤務した工場で、兵隊として戦地で慰安所を利用した先輩たちの話も聞かされた。1回5円だったということも。
今のマスコミも日本政府も戦争を知らない世代になっているから、女子挺身隊=慰安婦との韓国の主張を鵜呑みにしている人が多いし、敢えて真相を詮索しようとせず、臭いものには蓋である。
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