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もの言わざれば腹ふくれるーシンデレラ・リバティー [時事雑感]

もの言わざれば腹ふくれるという格言がある。

 世の中には言いたいことがあっても何となく憚られることがある。言える空気にないのである。言論の自由を標榜するマスメデイアでもそうである。

大阪における中学生殺人事件。痛ましい事件であったが、私が(多分私だけではないと思うが)腑に落ちなかったのは、いくら夏休み中とはいえ子供たちの深夜の徘徊を放任している家庭環境だった。マスコミは逮捕された容疑者の動向ばかりを伝え、上の疑問を報ずることはない。

ところが今朝8月26日付の産経新聞電子版朝刊に作家の曽野綾子氏が「シンデレラ・リバテイ」「子供に門限があって当然」と題するエッセイ書いていた。氏の別荘近くは横須賀の米軍基地がある。米兵たちは厳しい門限までの束の間の自由を、童話シンデレラの12時の門限にちなみそう呼んでいるそうだ。

大阪の中学生殺人事件について曽野さんは「もちろん犯人が99.9%悪い。しかし子供が夜中に町を放浪するのを許す家庭の風潮も問題だ。大人の米兵にさえシンデレラ・リバティはあるのだ。(中略)親も常識の範囲で、子供に規律を要求して当然だ。教育の第一責任者は当人だが、次が親なのである。」書いてくれたと腹のふくれが取れた。

以下は上記に全く関係のない蛇足であるが、私はi-Padで産経新聞を購読している。理由は単純だ。新聞紙や広告の処分の手間が省ける事。他の一般紙の電子版は紙の新聞を購読する義務があるが、独り産経新聞の電子版のみは朝夕刊セットで1500円と廉価なのである。それに最近ビジネス情報に特化した産経ビジネスi を月額900円を追加した。古い記事も検索できる機能があるので重宝している。
産経新聞はやや右傾して反中、反韓の傾向があるようだが、その点を心得て読めばいい。

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天寿 [時事雑感]

ギネスブックで男性の世界最高齢が名古屋に住む112歳の日本人と認定された。ちなみに女性の方は平均寿命世界一の日本人女性ではなく、116歳のアメリカ人だという。

ギネスに認定されるとインタビューがあり、感想や長寿の秘訣などを問われる。寝たきりや認知症発症者では応対できないからおそらく申請しないのではないかと思う。

昨年岩手県で開催されたアジアマスターズ陸上競技会にインドから116歳の男性がエントリーして主催者を驚かせ困惑させた。インド政府発給のパスポートには1897年3月5日生まれとあるが、100m、200m、400m、800mにエントリした。地元インドでの大会では200mを46.74秒の100歳以上のカテゴリで快記録を出したと伝えられていたという。(残念ながらこの結果については私は身逃したから知らない)

これで思い出すのは、先般東京電力の原発事故で避難勧告されたのを苦に102歳で自死した男性の遺族が、天寿を全うできなかったと東電に6千万円の賠償請求の訴えを起こしたニュース。この方は避難勧告がでたとき、少々長生きしすぎたようだと洩らしたというから、頭はしっかりしていたらしい。しかし自分の意志で選択したものなら6千万円の根拠はと私は疑問を持った。判決または和解案が出るのか注目に値する。

さて日本では毎年敬老の日に100歳になった人に総理大臣から祝の銀杯が贈られるのだそうだ。1963年に制度が始まった時、対象者は153人だった。純度99%8000円相当の銀杯だそうだ。ところが医学の進歩により対象者は年々増加する。今年の推計は男性4349人女性23787人という。これでは医療費、介護費ばかりでなく高齢化による財政悪化に歯止めがかけられない。流石に見直すべきだとの声が出ているとのニュース。当然であろう。

銀杯贈与よりむしろ医療保険や介護保険を使わない健康優良老人への表彰制度(今の私は既に該当せず)あるいは社会保険料の減率制度があってもよいのではないか。

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運痴の溜息 [時事雑感]

 甲子園での高校野球の決勝戦を観ている。恥を曝すようだか、私は強度の音痴と運痴である。音痴については別の機会に譲るとして運痴について書く。

 私は幼少の頃から病気がちで所謂虚弱児童といってよい。小学校の頃は肋膜炎、腎臓病、旧制中学では肺門リンパ腺炎、肺浸潤。体育の時間は専ら見学であった。運痴になったのは多分にそのせいではないかと思っている。やや弁解めくが。

甲子園でプレーする若者たちの俊敏な動きは、運痴に超の冠詞が付く私にはまさに神業としか見えない。時速130kmを超すボールをバットの芯で打つ、私なら3球3振だろう。いつだったかイチロー選手がボールが止まって見えると話していたのを思い出す。

大飛球のコースを瞬間的に予測し、落下点に先に走り着いて待っている。いつ見ても感心してしまう。打ち上げられたボールは、放物線という物理の法則で加速しながら落ちていく。野手は頭の中に放物線を見通しているのだろうか。そういえば私は物理も不得手だった。

さすがに47都道府県の代表校の頂点を目指した東海大相模と仙台育英の戦いは見応えがあった。敢闘を讃えたい。

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70回目の8月15日に想う [時事雑感]

「朕深ク世界ノ大勢ト帝國ノ現状トニ鑑ミ非常ノ措置ヲ以テ時局ヲ収拾セムト欲シ、茲ニ忠良ナル爾臣民ニ告ク。 朕ハ帝國政府ヲシテ米英支蘇四國ニ對シ、其ノ共同宣言ヲ受諾スル旨通告セシメタリ。

 抑々帝國臣民ノ康寧ヲ圖リ萬邦共榮ノ樂ヲ偕ニスルハ皇祖皇宗ノ遣範ニシテ朕ノ拳々措カサル所 曩ニ米英二國ニ宣戦セル所以モ亦實ニ帝國ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出テ 他國ノ主權ヲ排シ 領土ヲ侵カス如キハ固ヨリ朕カ志ニアラス。然ルニ交戰巳ニ四歳ヲ閲シ・・(中略)・・戰局必スシモ好轉セス世界ノ大勢亦我ニ利アラス。

加之,敵ハ新ニ残虐ナル爆彈ヲ使用シテ頻ニ無辜ヲ殺傷シ惨害ノ及フ所眞ニ測ルヘカラサルニ至ル。 而モ 尚交戰ヲ繼續セムカ 終ニ我カ民族ノ滅亡ヲ招来スルノミナラス、延テ人類ノ文明ヲモ破却スヘシ。斯ノ如クハ朕何ヲ以テカ、億兆ノ赤子ヲ保シ皇祖皇宗ノ神靈ニ謝セムヤ。
是レ朕カ帝國政府ヲシテ共同宣言ニ應セシムルニ至レル所以ナリ
(中略)
帝國臣民ニシテ戰陣ニ死シ職域ニ殉シ非命ニ斃レタル者及其ノ遺族ニ想ヲ致セハ五内為ニ裂ク
且、戰傷ヲ負ヒ災禍ヲ蒙リ、家業ヲ失ヒタル者ノ厚生ニ至リテハ朕ノ深ク軫念スル所ナリ。
惟フニ、今後帝國ノ受クヘキ苦難ハ固ヨリ尋常ニアラス、爾臣民ノ衷情モ朕善ク之ヲ知ル。然レトモ朕ハ時運ノ趨ク所 堪ヘ難キヲ堪ヘ、忍ヒ難キヲ忍ヒ以テ萬世ノ為ニ大平ヲ開カムト欲ス。 
朕ハ茲ニ國體ヲ護持シ得テ、忠良ナル爾臣民ノ赤誠ニ信倚シ、常ニ爾臣民ト共ニ在リ。
若シ夫レ情ノ激スル所、濫ニ事端ヲ滋クシ、或ハ同胞排儕、互ニ時局ヲ亂リ、為ニ大道ヲ誤リ信義ヲ世界ニ失フカ如キハ朕最モ之ヲ戒ム。 
宣シク擧國一家、子孫相傳ヘ確ク神州ノ不滅ヲ信シ、任重クシテ道遠キヲ念ヒ、總力ヲ将来ノ建設ニ傾ケ 道義ヲ篤クシ、志操ヲ鞏クシ、誓テ國體ノ精華ヲ発揚シ、世界ノ進運ニ後レサラムコトヲ期スヘシ。
 爾臣民 其レ克ク朕カ意ヲ體セヨ」    (読み易いよう句読点追加した)

 天皇の発する詔書というのは古来一定の書式、用語があって昔の庶民には一度聞いただけではわからない。それに近世国民は現人神と奉られた天皇の声を聞いた事は皆無であったし、ましてあの時私がいた朝鮮半島の人たちは玉音放送を全く聞き取れなかっただろう。ラジオでさえ、現在のTVの普及に到底及ばなかった。
日本に降伏を要求するポツダム宣言が出されたのは7月24日だった。しかし日本は国体の護持に拘りつづけ、原爆投下の口実を与えてしまった。

それほどこだわった国体とは何だったのか?辞書によると主権または統治権の所在により区別した国の基本的体制、立憲君主国制、共和国制等を指すとある。
周知のように戦前の大日本帝国憲法では
第1条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス。
第2条 天皇ハ神聖ニシテ侵スベカラズ。

それが現憲法では
第1条 天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基く。
第3条 天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負う。
と変わった。

今日15日、日本武道館での戦没者追悼式典に姿を見せた天皇、皇后両陛下は互いに寄り添うように老躯を運び参列された。見ていて痛々しい感じであった。昭和天皇の後を継いで即位後、象徴天皇とはどうあるべきかいろいろ悩まれたと聞く。結局両陛下が歩まれた道は、激戦地の慰霊訪問の旅、災害地の慰問の旅であった。

歴史にもしあの時を論ずるのは愚かなことというが、あれほどこだわった国体の護持とは一体何だったのかと改めて思う。もっと早く受諾していたらトルーマン大統領ははまさか原子爆弾の投下を命じなかった、いや命じられなかっただろう。

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原爆忌に寄せて(2) [時事雑感]

 広島、長崎での原爆投下70周年平和祈念式典では今年は70ヵ国を超える外国の代表が参列したそうだ。
今年5月の国連でのNPT(核不拡散協定)の保有国と非保有国間の対立による決裂、ウクライナ情勢で原爆使用も辞せずと脅したと伝えらるロシアの存在が背景にある。

 原爆を人類に初めて使った当のアメリカの国務次官やケネデイ大使が出席するのは、オバマ米大統領が核兵器廃絶を唱えてノーベル平和賞を受賞していることが無関係ではなかろう。

 アメリカの歴史教科書では日本がなかなか降伏しないから、やむを得ず原爆を落としたのだと教えていることは前回紹介した。この考え方はアメリカで広く受け入れられているようだ。日本本土決戦ではさらに多くの彼我の命が失われただろうからやむを得なかった。原爆を使ったことにある種の後ろめたさもあって、正当化したかったのであろうか。

アメリカでは大統領が代わると上級官僚や外交官は総入れ替えになる。共和党の時代が来ればこれまでのように原爆忌に参列するかどうか注目に値する。

戦後70年を超え被爆者の平均寿命は80歳を超えた。あの惨禍の中から生き延びた人たちが70年も生存したこと自体奇跡に近い。被爆体験を語り継ぐ語り部が減っていると問題視しているが、世代が代われば語り部は消滅する。それでいいのではないか。

最近発表された昨年度の日本人の平均余命は男80.50歳(世界3位)、女86.83歳(1位)という。長寿国だからこそ語り部が出来る。

人間という者はむごたらしい映像や話をこれでもか、これでもかと見せられ聞かされると思わず目をつむり耳を覆いたくなる。それは私だけではあるまい。人間は精神へのマイナスの衝撃には耐性がない。語り部の人たちが天命を終えて絶えて行くのは自然の理なのである。

それは原爆に限らない。この時期になると東京空襲の生き残り、特攻隊の生き残りまでを探し出してきて体験談を語らせる。何か今の政府の政策への当てこすりに見えてならない。

勿論平和な世が永続することが望ましいが。



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原爆忌に寄せて(1) [時事雑感]

 私の書架に「アメリカの小学生が学ぶ歴史教科書」と題する本がある。日本の英語学習者の為に英日対訳版の形式を採っている。2005年にJapan B00k社から出た。英語の表題は“What Young Americans Know about History” 

編者のジェームス・ヴァーダマン氏によると、この本で紹介した教科書の原本は、バージニア大学のE.D.ハーシュ教授の監修による小学生向けの6科目の教科書から歴史のアメリカ史の部分を日本の英語学習者のために抜き出し編集した。

この本から原子爆弾に関する部分を紹介する。なお日本語文はこのヴァーダマン氏の共編者として名を連ねている村田薫氏の訳文をそのまま載せた。

The Atomic Bomb(原子爆弾)

 1930年代に科学者は、ウラニウム235のような重い元素の原子核を分裂させると、信じられない量のエネルギーが発生することを発見しました。科学者たちはこの新しい形態のエネルギーを軍事目的で使う方法に取り組みました。かつて存在したいかなる武器よりもずっと威力のある「超強力爆弾」を開発しようとしたのです。戦争が進むにつれ、アメリカ政府はこの試みにますます多くのお金を注ぎ込みました。1942年にはマンハッタン計画を立ち上げます。原子爆弾の研究をしていた個々の科学者たちの成果を1か所に統合するためでした。

アメリカの科学者たちは、ドイツが最初に「超強力爆弾」を開発するのではないかという危惧もあって、この計画に熱心に取り組みました。しかしドイツがすでに敗北してからようやく原子爆弾のテストにこぎつけたのです。

 1945年7月、ニューメキシコ州の砂漠で初の原子爆弾は爆発しました。ふつうの爆発物の1万3000トンに相当する威力でした。砂漠中が急に太陽よりも明るい光で溢れました。そして、強力な地震が起こったかのように地面が揺れ、ハリケーンのように強い風が砂漠を吹きぬけたのです。この爆発で膨大な量の極めて有害な放射線が放たれました。科学者たちは巨大な雲が空高く上がり、マッシュルームの形になるのを見ました。爆弾の巨大な破壊能力に、科学者の1人はヒンズー教の経典の一節「我は死に神、世界の破壊者となるのだ」という言葉を思い起しました。

Hiroshima,Nagasaki and the Surrender of Japan(ヒロシマ、ナガサキ、日本の降伏)

 ドイツが敗北したにもかかわらず、日本は降伏を拒み続けていました。あらゆる戦線で敗北を喫した日本軍は、中国と東南アジアで征服した領土から撤退していました。しかし依然として本土には200万の兵士がいたのです。日本の民間人も侵攻に抵抗するため武装していました。トルーマン大統領は、日本人は死ぬまで戦うよう訓練されていることを知っていました。ですから日本を降伏させるために2発の原子爆弾を投下するよう命じたのです。

 1945年8月6日、最初の爆弾が広島市に投下されました。巨大な火の玉の1度の閃光で8万人もの人が一瞬にして亡くなりました。火傷や放射能の影響で何万人もの人が後に亡くなりました。市の大部分は焼失してしまいました。
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広島の爆撃の後でさえ、日本政府はアメリカの要求する降伏を拒否しました。3日後には2発目の爆弾が投下されました。今度は長崎しです。ここにきてやっと、国中が破壊されるのを恐れた日本政府は連合国に降伏することを承諾しました。

 第2次世界大戦は終わりました。6年にわたる戦争で、世界中で約4000万人が命を落としました。世界史上もっとも過酷な戦争の一つが、恐るべき新兵器によって終焉を迎えたのです。

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