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人間ドック [時事雑感]

 私の居る老人ホームでは、入居者サービスの一環として年1回、誕生月に人間ドック半日コースを希望者に提供している。費用は管理費から支弁される。9月生まれの私は過日受診し、今日レポートを受け取った。

ゾウガメの身体検査.jpg

ホームの提携病院は一昨年までは神戸市西区のみどり病院であったが、昨年から神戸市須磨区の新須磨病院の別館、新須磨健診センターに変更になった。新須磨病院と言えば、昨年の春に踵の褥瘡治療で形成外科にかかっていた病院である。

ところが新須磨では今年から80歳以上には内視鏡(胃カメラ)検査は、原則として実施しないことになった。それでも検査を希望するなら規定の同意書に家族の署名が必要という。アメリカにいる娘に同意書のコピーをe-mailに添付して送り、署名したものをまたメールに添付して送り返して貰った。

ごく稀ではあるが、検査の前段階(局所麻酔)によるショック死、内視鏡操作中に粘膜を傷つけて出血し外科的対応が必要になる。また検査中に脳卒中、心筋梗塞などを発症することがある。これらをひっくるめて遇発症と呼んでいる。

同意書に印刷してある遇発症の発症率は前段階で0.0037%。死亡率0.0009%。検査中の遇発症は0.005%、死亡率0.00019%とある。ジャンボ宝くじの1等当選の確率より遙かに低いと思うが、万が一にも遇発症になると病院では刑事責任を問われかねない。病院側としては耐久性に欠ける高齢者は敬遠したいのだ。

80歳以上は実施しないというのは、その歳まで生きたのなら、たとえガンが見つかっても、進行は遅いし、どうせガンがあろうがなかろうが余命も永くないのだから、もういいのじゃないのというのが本音かもしれない。

内視鏡検査は経口と経鼻が選択できる。私はむかし経口の太い胃カメラで歯を食いしばって歯無しになったのに懲りて、最近はもっぱら経鼻を選んでいる。技術が進んで今の内視鏡の直径は僅か5~6mmである。準備室で鼻孔から局所麻酔薬と潤滑剤のような物を注入され、暫く置いて検査室のベッドに横になってカメラを入れる。カメラの操作は女医さんだった。

指先に血中酸素濃度と心拍数を測るパルスオキシメータを装着して横になる。看護師が2人、大丈夫ですか、気分は悪くないですか、と背中をさすってくれる。遇発症に備えてか、もう1人医師が傍らに立って待機している。鼻孔から食道を通り十二指腸まで往復10分間そこそこ思えるが4人がかりの検査だ。

私が敢えて内視鏡検査を希望したのは、老人ホームに入居してもう8年になるが、1回目の人間ドックで食道粘膜下腫瘍が見つかり、経過観察を要すると書かれているためだ。
通常、食道ガンは食道粘膜上に発生するから内視鏡検査時に生検サンプルを採ることができるが、粘膜下だと容易には取れない。超音波撮像カメラを入れて確認しなければならず、ちょっと厄介な検査ですよと、みどり病院の医師に脅かされていた。粘膜下腫瘍といっても食道の表面が腫れてくる。悪性である確率は小さいというが、腫瘍が大きくなると嚥下障害が起こる。それを確認したかったのである。

終るとモニターに昨年度と今回の画像を並べて写し出し説明してくれた。胃、十二指腸問題なし、若々しい胃ですよ。問題の食道の腫瘍は去年と大きさは変わりませんという。それでも8年前の第1回目の検査で見つかった時は10mm以下だったが(大きさの記録なし)昨年の画像は直径12mmとあった。直径40~50mmになると物が食べられなくなりヤバイらしいが、それまでは何年かかかるだろう。ただ物が食べられなくなって餓死するのは嫌だな。尊厳死協会の会員として、胃瘻などによる延命措置は私の選択肢にはない。

新須磨健診センター2階建ての小さな建物だが、健康診断に特化していて、検査機器が整っていて技術の進歩に感心した。例えば身長計と体重計が一体化して、台に乗ると上から降りてくる身長計のバーが一瞬頭頂に触れ、瞬時に身長、体重、BMIがプリントアウトされる。視力検査は昔の表にあった文字はなく、専ら円の切れ目の方向を上下左右で手元のスイッチで示す。左右も自動的に切り替わる。

私の苦手は聴力検査だ。電話ボックスの様な密閉遮音室でヘッドホンを着け、1000ヘルツと4000ヘルツの音波を発射し聞こえたらボタンを押す仕掛けだが、今か今かと待ち構えているうちにハイ、終わりました。音痴を身を以て体験させられる。要精検の判定だが日常会話には補聴器を使って支障はないが、テレビの音楽番組やCDを聞いても上下の周波数がカットされて聞こえないから,いま一つ感動がない。音楽耳がないのである。

私の公開できるプロフィール的データは身長;174.2cm、体重;60.4kg、BMI; 19.9.
メタボリックシンドローム;該当せず、脳の委縮度は年齢相応ということである。 

一方プライバシーで非公開の生活習慣病その他加齢に伴うもろもろの病の宿主でもある。

さて私が現役時代、接遇者訓練と言うロールプレイを基本にした社内教育プログラムがあった。対象は主として女性社員だった。新須磨健診センターの職員の態度からそのことを思い出した。受付から看護師、検査技師、医師に至るまで接遇者訓練を受けているように感じが好かった。人間ドックは接客サービスと心得ているようなのだ。健診センターだけでなく、昨年春、褥瘡の治療に通った外来棟の職員たちも受付から会計まで患者に対する接遇態度が好かった。ある時、予約時間に受付で診察券を出すや否や、形成外科の看護師が「お早うございます。Nさん、どうぞ」と迎えに来てくれて驚いたことがある。受付情報が病院内のイントラネットを介して形成外科で判るらしい。予約は時間帯だから偶然その時間帯に他に患者がいなかったのだろう。

人間ドックが終了後、須磨離宮迎賓館フランス料理の新須磨クリニック・オリジナルランチのという券をくれた。(無料ではない) 医療関係も生存競争が激しいようだ。

一つだけケチを付けるとしたら、人間ドックは定額制で受けない検査項目はキャンセルとみなされ値引きはない。なのに80歳以上の胃カメラ検査お断りと言いながら値引きがないのは矛盾ではないか。上述のように4人がかり検査なのだ。

http://www.jikeikai-group.or.jp/shinsumaclinic/

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敬老の日に [時事雑感]

 9月15日に神戸市長からの米寿の祝い金をこの地区担当の民生・児童委員が戸別訪問で届けてくれた。今年はシルバーウィークに当たり、カレンダー上では敬老の日は24日だが、区役所が休みだから元来の15日としたのだろう。

神戸市では敬老の日に年度内に米寿と百歳を迎える人に市長から祝金としてそれぞれ1万円と3万円が支給される。100歳には総理大臣から銀杯が贈られることは前に触れた。

神戸市で今年100歳になる人は男性44人、女性303人だそうだ。米寿は男女合計で6529人、米寿の男女別は公表されてないが、100歳での比率とあまり変わるまい。全国的にも男女比は1:9で差は大きい。これは戦争のせいなのか?それとも一夫多妻の哺乳類としての動物学的生態なのか。浅学な私はこれについての解説を見聞したことがないので何とも言えぬ。

ちなみに神戸市の現在の最高齢は男性105歳、女性112歳、どちらも認知症で特養やグループハウス施設に入っているそうだ。
最高齢というのは平均寿命をとっくに超しているわけだから何時亡くなってもおかしくない。該当者の異動が多いという。

 もう20年以上も前だが、私が英会話学校に通っていた頃、82歳という男性に出会って驚いたことがある。海外旅行に出ると、かみさんは英語がだめだから私が通訳ですと。元商社勤めだったそうだ。当時新人類とか化石人間とかいう言い方が流行ったが、私には彼が化石人間に思え、よくやるよと感動したものだ。その自分が米寿の祝い金を貰った。昨年肺炎で死に損なったのによくも生き永らえたものよと思う。

さて、シルバーウィークだが、たまたま土日を含め5連休になったのは6年ぶりだそうだ。地球の公転により決まる秋分の日が1~3日間変わるからだという。次のシルバーウィークになるのは2026年だというから、私は生きていないだろうし、認知症で寝たきりになればシルバーウィークなんて関係がない。なお欧米では日本のような寝たきり老人はいないという。日本の過剰医療の問題であろう。これについてはまたの機会に書くことにする。

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白髪三千丈 [時事雑感]

私が幼少期を朝鮮半島で過ごしたことはこれまでに何度も触れた。その頃朝鮮の人たちは中国人(当時は支那人と呼んだ。因みにChinaは支那の英語読みである)のことを大国の人(テグッグ サラム)と呼んでいた。歴史的に事大主義の道を歩んできた朝鮮は昔から中国への朝貢国であり、隷属関係にあった。朝鮮王は中国皇帝が任命した。

9月2日は70年前サンフランシスコで日本が講和条約に署名した日であるが、アメリカ議会で承認されたのが翌日だったので3日を正式に太平洋戦争終結の日とした。

韓国としては、日本に侵略されたと思っているからサンフランシスコ条約に加わりたかったのだが、アメリカから戦勝国ではないから資格がないと拒否された経緯がある。

今日の中国の対日戦勝記念日に朴槿恵大統領が中国習近平主席から招待され、渋い顔をするアメリカを余所目に、いそいそ出かけた所以である。

当時の中華民国とソビエト連邦もサンフランシスコ講和条約に参加しなかった。参加しなかった中華民国とソ連はそれぞれ個別に平和条約を結ぶものとされた。当時は中華民国で、中華人民共和国は建国されていなかった。

中華民国の蒋介石総統は日本との講和条約を結ぶ前に共産党との内戦に敗れ、命からがら台湾に逃げ込んだ。台湾は今でも中華民国台湾省と称しているが、国連でも席を追われ、もう中華民国として承認している国は中南米を中心に20か国くらいだそうだ。中国では台湾を中華人民共和国台湾省と呼んでいる。

5年前、私が北京を訪れたときは、北京空港では台北行きは国際線のカウンターになっていた。

蒋介石総統は戦後日本に対し、「暴に報いるに徳をもって為す」と日本に賠償を求めないとした。彼は若い頃日本に留学し軍幹学校に学び、帝国陸軍の将校をしていた。その点は時代は異なるが日本の士官学校に留学した朴槿恵大統領の父君朴正煕大統領に似ている。

中華人民共和国の建国は1959年である。台湾の中華民国が大陸に戻れる見込みがない今では中華人民共和国が中国大陸を代表している。日本の田中角栄首相のとき日中友好条約を結んだ。

今日の祝賀式の軍事パレードを習近平主席と肩を並べて観閲したのは、朴槿恵大統領とロシアのウラジミール・プーチン大統領だった。朝鮮民主主義人民共和国は出席しなかった。もともと招待されなかったのか。

韓国は朝鮮戦争で中国共産軍に一般市民を含め何十万人も殺されたのに、そんな事はなかったかのように観閲する朴大統領。3人は笑顔という外交仮面をつけて腹の中では何を考えているのか。

習近平主席は演説で抗日戦争の犠牲者は3500万人と述べた。当時の中国の総人口は4億だった。我々は学校で支那四億と覚えた。3500万人は総人口のほぼ9%に当たる。白髪三千丈の中国のことわざを思い出さざるを得ない。

安倍首相も招待されたていたが、負けた国が勝利の祝典に出かけて、また謝罪するのもどうかというので出席を見送った。アメリカに対する遠慮もある。

国連事務総長の藩基文氏が出席したことに、日本政府は国連の中立性に反すると異義を申し入れた。藩基文氏は次期韓国大統領の有力候補と目されている。事大主義の韓国は、アメリカの凋落と近未来の中国の興隆を予感しているのかも知れない。

蛇足ながら日本とソ連(現ロシア)との間にはいまだに講和条約がない。しかしかつてエコノミック・アニマルと揶揄された日本の経済界は、講和条約より経済交流を優先させてしまった。領土問題が纏まらないのはそのせいでもある。ロシアとしては今更講和条約など必要ないのである。

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続運痴の溜息 [時事雑感]

北京で開催された世界陸上競技大会の実況中継を観た。北京市内は期間中、車の交通規制、煙突から煙を出す工場の操業を停止して青空を取り戻した。こんなことは共産党一党独裁の国だからこそ可能なのだろう。

運痴の私には躍動する若い肉体を羨望と共に観た。例によってこの種の国際競技の実況中継というのは、日本の代表選手が健闘する光景しか放送しない。残念ながら今回の日本代表は不振で、フィールド競技では日本選手は予選落ちて決勝に進めず、唯一の銅メダルは予選のない50km強歩での谷井選手だった。逆説的に言えばそのため日本選手以外の決勝を見ることができた。日本選手が出れば外国選手はテレビに映らないだろうから。

日本の選手の決勝は女子5000mと男子、女子の400mリレーのみだったが入賞には届かなかった。

予選のないマラソンでは、日本男子は惨敗だったが、日本の女子選手のマラソンを見た。市域が広いからマラソンコースは折り返し点がなく、中間点の表示があるのみである。

私が5年前に訪ねた北京は、紫禁城、天安門広場などほんの中心部の“点”に過ぎなかったが、マラソンの実況放送では、日本の四国4県を併せたのと同じ面積という広大な首都北京の美しく整備された景観を、”面”としてほんの少しばかり楽しむことができた。
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日本選手3人は30kmを過ぎるまで先頭集団で走っていたが、終盤アフリカ勢に敗れた。前田、重友、伊藤の3人中7位に入賞して来年のリオ・オリンピックのキップを手にしたのは最年長の伊藤舞選手だった。大阪マラソンに母娘で出場完走して話題を呼んだ前田彩里選手は13位、重友梨佐千週は14位と続いた。

フィールドでの短距離はジャマイカのボルトに代表される中米の黒人、長距離はエチオピア、ケニアなどアフリカ系の黒人が圧倒的に強く民族性が出ている。

競技場外で十分距離がとれるせいか、鳥の巣オリンピックスタジアム内を入ってくると直ぐにゴールである。日本のように場内を1周して距離を調整することもなく、ゴールでのテープもない。レザー光線でゴール順とタイムが示される。

中華人民共和国は今や世界第2の大国であることは否定できない。つい一昔前まで日本からのODAの最大の供与国であったが。隔世の感がある。

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