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Niceの思い出 [時事雑感]

南フランスのニース(Nice)で残虐なテロがあった。独立記念日の花火大会に集まった群衆の中に大型トラックに乗ったテロリストが突っ込み銃を乱射、多数の死傷者を出した。

想い起こせば1978年9月、私が齢50才にして初めて海外へ行ったのがこのニースだった。関西生産性本部の主催の欧米コンピュータライゼーション視察団に加わっての旅である。団長は当時コンピュータネッとワーク研究の草分けとも言える大阪大学横山教授、通訳兼コーディネーターに慶応大学のシステム工学の河瀬講師、事務局として情報科学センターから2名、阪急交通社の添乗員1名と総勢20名くらい。

当時、成田空港は、反対派が建てた妨害塔に赤旗が翻り、工事は停頓。関西空港の計画もまだなかった。
大阪国際(伊丹)空港から羽田空港へ、羽田から日本航空でアラスカのアンカレッジまで飛び、給油のため休憩、北極海を横切ってオランダのアムステルダムまで(この日航便の終点)。

ここでエアフランスに乗り換え、パリの新しいしいド・ゴール空港へ、入国手続きの上、国内線でコート・ダ・ジュール空港行きに乗り継ぐ。全飛行時間36時間くらい、うんざりするほど飛行機に乗って着いたのが陽光眩い南フランスのニースだった。

事務局側の配慮で木曜日に着き、金・土・日は休養と観光である。9月の地中海はまだ暑い。ここで初めて砂浜にトップレスの女性たちを見た。話には聞いていたが、なまで見るのは初めてだった。写真はもう変色してしまった昔のアルバムからスキャナで取り込んだものだ。
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今回惨劇の起きた遊歩道プロムナード・デ・サングレ(Promnade des Angre=Promenade of English)かつて裕福な英国人が散歩したのに由来するそうだ。
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そういえばニースのホテルの隣室に英国の老人がいた。ドアの前で鉢合わせした。
「君は何処から来た?」
「日本です」
「日本か。わしはむかし日本へ行ったことがある。台湾に」
「そうなんですか。でも残念ながら台湾はもう日本ではありません。戦争に敗けたから取られちゃったんですよ」
そんな会話を交わした記憶がある。近時記憶は直ぐ消えるのに、古い記憶は芋づる式にいくらでも手繰ることができるこの頃のMCIに悩む私である。

このホテルに泊まり、ニースのピカソ美術館、マチス美術館、モナコのモンテカルロのカジノと遊んだ。添乗員が言った。「旅はこれからですから、カジノではお金を使わないでください」私はせいぜいスロットルマシンに小銭を入れて試しただけだが、フト見回すと俳優の石坂浩二さんがルーレットの周りに座っていた。カジノはプライバシー保持のためカメラは入り口で預ける。もう時効だからいいでしょ。石坂さん。
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日曜日、自由行動の時、数人で街を歩いた。日本にはまだなかった道路わきのパラソル張りのカフェに座る。テレビで見てかねがね座ってみたいとあこがれていたのである。メニューはフランス語と英語。"tartar steak"というのがあった。これなら無難だろうと頼むと、粗びきの生肉の大粒を盛り、生卵をかけたのが出てきた。ちょうど韓国料理のユッケとそっくりだ。
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食後のコーヒーで失敗した。「coffee」と言うとウエイターが「with milk?」と聞く。
「No, coffee only.」と自分では言ったつもりだったのだが、持ってきたのはミルクで白くなったカフェオーレcoffee au leiだった。with milk? と聞かれたのだから without milkとか、no milkとか答えればよかったのかなと反省したことであった。ウエイターはフランス人だから英語も訛っていたのか。話が脱線した。私が初めて降り立った外国の地Niceの思い出である。

我々視察団の旅はこの後、パリ、スイス、西ドイツ、英国、大西洋を渡ってアメリカのボストン、ワシントン、ニューヨーク、アトランタ、サン。フランシスコと地球を一回りし23日間の旅であった。初めての外遊で公私にわたり、お上りさん丸出しで失敗もあったが、大いに勉強になった。機会があればまた書くことがあるやも知れない。

さて劇場内の客や今回のような花火大会の群衆を狙うのを、テロ実行犯はソフトターゲットと呼ぶのだそうだ。毎日どこかでISやタリバンのテロで多くの人が命を落とす。不条理な世界になったものである。

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(松下電器(現Panasonic)コンピューター室所長だったN氏と。氏は後1985年8月12日東京へ出張し日航機123便で帰宅時、御巣鷹山で逝去された。本当に人間の運命はわからない)



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縦割り組織のお役所仕事を体感 [時事雑感]

私が住んでいる神戸市は、日本で住みたい都市のランキングで第6番目に入ると、どこかで読んだことがある。おそらくそれは江戸時代末期に開港した時にやってきた欧米人たちが作った居留地のどこかエキゾチックでモダンな雰囲気が漂うからであろうか。

しかし、今回図らずも行政サービス面で、お役所仕事の縦割り行政の典型ともいうべき体験をしたので、鬱憤のはけ口として敢えて書くことにした。

ことは区役所から市民税の通知が来たことに始まる。私は老齢厚生年金暮らしだから市民税は年金から控除される。このことを行政用語で「年金から引きさり」という。
いわく、「あなたの昨年度の収入は公的年金以外の雑所得が多いので、年金からの引き去りが出来ません」と1年分の毎月の納付書と一括納付の用紙が束になってドサッと送られてきた。分割納入か一括納入かを選べというわけだ。

そんなばかな!と税務署に出した確定申告書の控えを見ると公的年金の収入欄の末尾の数字を間違えたので横線を引いて取り消し、その下に正しい数字を記入して出した。
確定申告書は3枚複写で3枚目の文字が薄いのが税務署から地方自治体に送られるようで、区役所の市税課では横線で消した線が見えなかったのか(?)収入を二重に集計していた。

急ぎ手元に残っている確定申告書の控えを持って区役所へ行った。
区役所は担当窓口が細かく分かれており、案内所で聞いて市税担当窓口に行く。銀行式の受付番号札発行機で番号札を取り待つこと40分、やっと順番が来た。

持参した確定申告書の控えと市民税の徴収票でダブり計算による誤りを説明すると、
「わかりました。訂正手続きを執ります。ただし証拠資料としてこの確定申告書の控をこちらへ下さい」と召し上げられてしまった。
その後、参議院選挙の期日前投票の序に今度は介護保険の窓口に並び30分くらい待って、
収入金額を市税課で訂正して貰ったから保険料等級の確認を依頼すると、担当者はコンピュターで市税課のデータベースを照会し、「確かに変更されています。こちらも直しておきます」というから、流石コンピューター化のお蔭だなと感心して帰って来た。等級は2段階引き下げるという。

話を分かり易くするため経過を時系列で記す。
6月15日付介護保険料通知受け取る(昨年より2段階引き上げ)
6月20日市民税納付書を受け取り垂水市税事務所へ訂正依頼。
6月22日介護保険係へ等級引き下げ依頼、了承を得る。
7月5日付で垂水市税事務所より市、県民税の変更通知が正式に送付された。申し入れから15日かかった。
7月15日神戸市役所保健福祉局保険年金医療課より28年度後期高齢医者医療保険料の納付書を受け取る。市民税の時と同じ納付書が束で付いている。不服申し立ては垂水区役所保険年金医療課介護医療係へとある。

7月19日連休明けを待って上記の「垂水区役所保険年金医療課介護医療係」へ。待ち時間90分。
散々待たされた上、応対に出た係員に「税務課で収入額の誤りを認めているのにそれが何故反映されてないのか。一体どんなシステムになっているの?何のためのデータベース?」と糺した。

「医療保険は本来後期高齢者医療保険連合の仕事で我々はその窓口だけです。個人収入額は4月末の額を基準にしています。この税務課の正式決定通知は7月5日付ですから当然反映出来ていません。今日のお申し入れにより訂正手続きを開始し改定保険料は後日通知します」
証明資料として上記7月5日付の市、県民税の変更通知のカラーコピーを提出(原本大事だから渡さなかった)

たまたま同じ窓口なので、「では念のため介護保険料の等級が改定されているかどうか確認してよ」と頼むと、彼女はパソコンを叩き調べてくれた。「等級はまだ改定になっていません」お役所仕事というのは何と融通が利かないものか。

アメリカでは警察権以外はアウトソーシング(民間に外注)している市もあるそうだ。

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沖縄における米兵の犯罪(2)右側通行と左側通行 [時事雑感]

 前回は沖縄駐留元米兵の犯罪について書いたが、その事件続いて嘉手納基地勤務の海兵隊の女性兵士が飲酒運転で国道を70m程逆走し、乗用車2台と衝突、2人に怪我を負わせた。
容疑者は21歳の白人海軍2等兵、新兵である。私はそのニュースを聞いて、アメリカでは車は日本と反対の右側通行であることを思い出した。酔っぱらって、うっかりアメリカ式の右折をしたら、沖縄では逆走になる。

沖縄は戦後アメリカ占領時代は右側通行だった。本土復帰に際し、左側に乗降口がある1000台のバスを日本から送り、復帰と同時に一夜にして左側通行に切り替えた。切り替え直後は事故もあった。

沖縄の海兵隊員は3か月毎にグアム島での休養が与えられると聞く。グアムはアメリカ領だから勿論右側通行である。

今回の飲酒運転で事故を起こした海兵隊の新兵は責められるべきことは当然である。ただ日本人に比べて逆走する可能性が大いにあり得るとの客観的な情状を述べたのである。

アメリカに行って車に乗せて貰うとき、慣れない間は右折の時につい、エエツと違和感を覚えたものである。
前回にも触れたように、駐留兵士の犯罪を何でも基地撤廃運動に直接結びつけて排斥する報道のあり方はいかがなものかと思う。

日本人でも非番の警官が飲酒運転で事故を起こすことも珍しいいことではなく、残忍な殺人事件も後を絶たないのである。

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沖縄における米兵の犯罪(1)人種問題 [時事雑感]

最近でこそ飛行機の座席予約は、航空会社のホームページで乗りたい便の座席配置図を見ながら空席を選ぶことは可能なシステムになったが、一昔前は乗りたいフライト番号を予約するだけで、空港でのチェックイン時に座席が決まる時代があった。

私は出張や個人的な訪問でアメリカにはたびたび行ったが、有色人種は後方の座席を割り当てられる。最初のうちは、周りに座っているのがアジア系や黒人ばかりなのは偶然なのか思っていたが、ある時日本人のツアーグループに囲まれて座ったとき、これは人種差別racial discriminationであると悟った。

今年の伊勢志摩サミット直前、沖縄嘉手納基地で働く軍属の男が日本人の娘を凌辱して殺害し、死体遺棄した悪質な事件が発生した。安倍首相がサミットに訪日したオバマ大統領に強く抗議した。

男は逮捕された直後は犯行を認めたものの、その後一貫して黙秘を続け、最近になって裁判管轄区を東京に移すよう弁護士を通じて訴えたという。沖縄では公正な裁判を受けられないと恐れたのだ。男は黒人である。

アメリカでは12人の陪審員が有罪、無罪を決め、量刑は裁判官が決める。被告は陪審員の人種構成によっては不利な採決を得ることがある。

プロバスケットの花形選手だったOJシンプソン事件は有名である。シンプソンは元妻を殺害しながら、陪審員の白人ばかりであったのを、黒人やヒスパニック系の多い裁判区に変更して貰い、逆転無罪を勝ち取り世界を驚かせた。

沖縄の容疑者は、今や基地反対、米兵は出て行けと、知事を先頭に官民、マスコミ挙げて叫んでいる中、沖縄市民による裁判員裁判では、公平な裁判は受けられないと危惧したのであろう。日本の裁判員裁判は、どちらかというと被害者寄りの立場に立つての判決する傾向がある。

最近報じられたテキサス州ダラスでのアメリカ黒人の警官銃撃事件は、白人警察官が職務質問のため停車を命じた黒人のドライバーが、免許証を出そうと内ポケットに手を入れたのを拳銃を抜くと勘違いした警官がいきなり射殺したのが発端となった。

それに対する報復として黒人が白人警官を襲撃する暴動騒ぎが各地に起きた。ヨーロッパ訪問中のオバマ大統領は急遽帰国して涙ながらに冷静を呼び掛けたのは周知のとおりである。

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盧溝橋事件 [時事雑感]


今宵7月7日は七夕の祭りであるが、戦中派の私にとって昭和10年7月7日は、長い戦争時代の始まりであった。1935年(昭和10年)7月7日、北京南部の盧溝河に架かる橋で日本駐屯軍と中国軍とが衝突し銃撃戦になった。この時私は満7歳だったから、そんなことを知る由もない。

小学校は現在の北朝鮮の咸境南道の元山(ウォンサン)で入学、1学年が終わるとさらに北にある咸興(ハムン)に転校して2.3学年を過ごし、3年の終わりに京畿道京城(現ソウル)へ、5年の2学期に仁川(インチョン)へと目まぐるしく変わった。

「支那との問題が大きくなって・・」と担任の先生が気を揉んで教室で話してくれたのは、3年生の時だったのだろうか。

盧溝橋事件は日本側が仕掛けたとか、いや中国側の陰謀だったとか、今でも論議があるが、ともかく戦争は始まった。当時の日本の世論、マスコミも暴支膺懲(横暴な支那を懲らしめる)と戦争を支持し、首都南京を攻略したときは、日本国民は熱狂して提灯行列をしたという。朝鮮ではそんなお祭り騒ぎはなかったが、興奮した父に連れられて夜に神社に参拝した記憶がある。

この南京攻略戦でいわゆる南京大虐殺があったのか、なかったのかの論議があるのだが,これについては前に書いたのでここでは触れない。その後見聞したこともあるので、別の機会にまた書くこととしたい。

さて、首都を攻め落としたのだから、日本はここで勝利宣言をして矛を収め、後は外交手段により交渉すればよかったのだが、そうしなかったことが日本の運命を、そして我が家の生活を狂わせた。

早いもので盧溝橋事件80年目の夏はことのほか暑い夏である。テレビでは熱中症に用心するよう盛んに呼び掛けている。

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