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北朝鮮の悲願はアメリカとの融和(その2) [時事雑感]

現在世界で核弾頭を保有する国は以下の通りだそうだ。
1位 ロシア:推定7300発 1945年アメリカの核兵器に驚愕した旧ソ連は急遽開発に着手。東西冷戦時代に水爆の実験も行った。主実験場は北極海の島

2位 アメリカ:推定 6970発 1945年7月ニューメキシコ州の砂漠で世界初の核爆発実験を行った。世界で最初に実戦に使用。ネバタ州の砂漠と南太平洋が主実験場

3位 フランス:推定 300発 1960年代、太平洋ムルロワ環礁で実験

4位 中国:1964年 推定260発 1964年新疆ウイグル自治区で45回実験

5位 イギリス:推定215発 1952年アメリカの技術援助によりオーストラリアの砂漠で実験

6位 パキスタン:推定110~130発 1998年ライバルのインドに対抗するために開発
7位 インド:推定100~120発 1974年平和目的と称して開発。パキスタンに対する抑止力。

8位 イスラエル:推定 80発 狭い国内で実験できないからユダヤ系が多いアメリカの援助であろう。イスラエルもアメリカも認めていないが公然の秘密。

9位 北朝鮮;8発+α 国土が狭いから実験は専ら地下実験となる。

参考資料:“Status of world Nuclear Forces” by Federation of American scientist. March 2016
北朝鮮については“Who has What at Glance” by Arms Control Association.October 2015

これまで包括的核実験禁止条約も部分的核実験禁止条約も提議されたが、批准するのは核を持たない国ばかりで、肝心の保有国は参加していないから実際には効力はない。

米韓は北朝鮮の行動を挑発と呼びながら、北朝鮮を仮想敵とする大規模な合同軍事演習縁を行っている。これは北朝鮮側からみれば米韓からの重大な挑発である。

北朝鮮が実際に核爆弾を先に使用することはないだろう。対韓国は核攻撃には地理的に近すぎるし、同じ民族同志でもある。対アメリカでも北朝鮮はアメリカの圧倒的な軍事力を知っている。先に使ったら潰されることは分かっているはずだ。

さる9月9日, 参議院議員のアントニオ猪木氏が北朝鮮建国記念日に北朝鮮を訪問し労働党副委員長、李洙墉氏と面談した。帰途北京空港で取材した日本のマスコミ関係者に北朝鮮の核兵器の対象は日本ではない、アメリカが対象と言われたと語っている。
また「こんな時によくいらして下さいまして有難うございます」との金正恩委員長からのメッセージも伝えられたという。

菅官房長官は猪木氏の訪朝をきわめて不適切な行動と表向きは不快感を示して見せたが、日朝間の情報の少ないパイプの一環として利用しているのではないかと思える。

李洙墉副委員長は北朝鮮がアメリカに核兵器で先制攻撃をすることはあり得ない。しかし、もしアメリカが本気で北朝鮮を破壊しようとするなら我々は断固として反撃すると語ったと伝えられる。(産経新聞など)

さて旧ソ連が産んだ子を元の親の仇、アメリカに認めて欲しいとの北朝鮮の悲願が実現するかどうか。アメリカ大統領選挙の結果如何にもかかっているように私には思えるのだ。クリントン氏では変わるまい。ひょっとしてトランプ氏なら、アメリカ追従の日本の立ち位置も変われるのではあるまいか。



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北朝鮮の目標はアメリカ(その1) [時事雑感]

最近の北朝鮮は弾道ミサイルの連続発射実験、潜水艦よりの発射、地下核実験など技術的進歩は目覚ましい。目的は何か。アメリカと交渉するための最後のカードにしたいのである。

アメリカが断交していたキューバと88年ぶりにオバマ大統領が訪問し国交を再開した。これについては3月30日のこのblogで取り上げ、北朝鮮が目指すのも実はアメリカに認めて欲しいのだと書いた。

北朝鮮とアメリカの間には朝鮮戦争(1950.6.25~1953.7.27)の休戦協定があるだけで平和条約は未だ結ばれていない。休戦協定には韓国は署名を拒否し、アメリカと北朝鮮・中国が調印した。

金王朝初代独裁者の金日成(キム・イルソン、1914~94)は、当時アメリカはイランの独裁者ファーラビ国王を支持していたし、近くはイラクの独裁者サダム・フセインさえ支持していたから、アメリカに金政権を認めて欲しかったのである。口先では打倒美国(アメリカのことを日本では米国と言うが朝鮮・韓国では美国と言う)を建て前にしているがホンネは違う。

私は別に北朝鮮の肩を持つわけではない。アメリカ寄りの視点でなく、できるだけ中立な視点で史料を調べ書いてみたい。

最近の日本のメディアで殆ど無視されている史実は、かつて自由民主党のドンと言われた金丸信元副総理と、仲介の労をとった日本社会党の元副委員長田邉誠氏が平成2年(1990年)9月26日北朝鮮を訪問し、金日成主席と面談した。会談は日本語で行われたという。

金日成が3.1独立運動に関与した父、金亭稷に(キムジョンスク)伴われて満州(中国東北部)へ逃れたのは、まだ8歳の頃だったのになぜ彼は日本語が話せたのだろうか?

調べてみると実は金日成が満州で軍事教練を受けたのは、日本統治時代陸軍士官学校に留学し卒業し、騎兵中尉任官後に脱走して反日独立運動家を教育する教官となった金擎天(キムギョンチョン)なる人物から日本語で日本式の訓練を受けていたのだ。

金丸氏が訪朝団長、田邉氏が副団長であった。熱烈歓迎された。金日成主席は日本と仲良くしたい。国交を持ちたいと言った。日本側は驚いたが異存はないと賛成した。朝鮮側は誠意を見せるためスパイ容疑で1983年から拿捕、拘留されていた第18富士山丸の紅粉船長らを釈放することを約し、直ちに実行した。
当時はまだ日本人の拉致事件は問題にならなかった。それどころか、日本社会党は拉致なんてはあり得ない。デマだと否定していたくらいだ。

金日成が日本と仲良くしたいと言う背景には、建国以来有力な後ろ盾だったソ連のスターリン首相が1953年に死去したこと。韓国の独裁者で知日家、朴正煕(パクジョンヒ)大統領(現大統領の父君)が国内の反対を押し切って1965年6月に日韓基本条約を結び、多額の補償金を獲得し、韓国経済の飛躍的発展の基盤を築いたことがあったからだ。

金日成も金丸団長に日本統治時代の補償金の支払いを求めた。金丸氏は日本として当然補償するべきことと受け止め、日本代表としての私が責任もって纏めると引き受けて帰国したのだった。

ちょっと余談だが北朝鮮は日本の敗戦後、ソ連の庇護を受けていたソ連派と、中国共産党毛沢東の根拠地延安で庇護を受けていた延安派に分かれが流血の抗争をした。金日成は延安派の政敵を次々と粛清して覇権を握った。韓流ドラマに描かれる李氏朝鮮朝が派閥闘争に終始したのと同じ民族性である。今の韓国の政界でも流石に血こそ流さないものの、同じ傾向がみられる。

さて意気揚々と帰国した金丸訪朝団に、日本のメデイア、政界、世論は冷たかった。金丸の土下座外交と非難轟々だった。日本と北朝鮮との外交関係樹立をアメリカ、韓国が認める筈がない。金丸氏ほどの老練政治家が何故そのことに気づかなかったのか、私には不思議である。

その後、金丸氏は佐川急便の闇献金事件で5億円を受け取った疑惑で東京特捜部に逮捕され、拘禁中に体調を崩して入院中脳梗塞で失意の中に死去した。金日成との約束は反故となった。

父の悲願を受け継いだ2代目金正日は、アメリカの気を惹く外交カードとして原爆とミサイルの開発を始めた。山椒は小粒でもぴりりと辛いところを見せたかった。
しかし、アメリカ(ブッシュ父大統領)は北朝鮮を悪の枢軸と決めつけ、締め付けを強めた。国連安保理事会で非難決議を連発した。

日本はアメリカ追従だから北朝鮮の締め出しに加勢した。現在世界で北朝鮮と国交がないのはアメリカ、日本、欧州ではフランスそれに一部の中南米国だけだ。北朝鮮は自由にヨーロッパと交流し留学生を送り、最新の科学技術を習得できるのである。特に東ドイツは東西冷戦時代から友好国だったから技術導入は可能だった。蛇足だが今のドイツのメルケル首相は東独出身である。

日本とキューバは昔から外交関係がある。東京に大使館もあり好い関係にある。それでも、日本の外務大臣が初めてキューバを公式訪問したのは、アメリカがキューバと国交を再開した後だ。日本のアメリカ追従の立ち位置が判る一例だ。

日本の旅行社でもキューバ観光ツアーを組むことはなかったが、これからは出てくるだろう。アメリカの経済制裁のお蔭で新車が輸入できず、心ならずもビンテージカーとなったアメ車が観光の目玉となるかもしれない。

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タダより高いものはない [時事雑感]

このところBlogの更新ができていない。
Micro Soft社(以下MS)がWindows 10(以下W10)を無償ダウンロードし始めたのは昨年7月だった。私のPCはW7の入ったデスクトップ型でスクリーンは20インチテレビチューナーも付いている(実際には使っていない)PCの筐体がスクリーンの背後に一体となった場所は取らないが重い。fujitsu Esprimo 2010年夏モデルである。年金暮らしの身にはかなり高価な買い物だった。丸6年は日進月歩のこの種製品としてもう老齢なのかどうか。

無償ダウンロード(以下DL)の1年間の期限ぎりぎりにDLを決行した。かなり時間がかかった。PCメーカーとしてはW10を無料で提供されたら商売にならない。お使いの製品がW10に対応しているかは確認できていないから推奨しないと警告があったが、無料に釣られてしまった。

W7に慣れた身には使い勝手が悪かった。問題もあった。しかしDL後1か月以内なら元のW7に戻せるということだったが、もたもたしている間に1か月はたちまち過ぎ、もう元へ戻せなくなった。

そこへ先日W10発表から1周年のAnniversary Upgradeが突然始まった。しかし“アップグレードに失敗しました”のメッセージが出て動かなくなってしまった。

折悪しく旧制仁川中学校の同級会誌「仁六たより」第5号の編集作業中だったので焦った。
自分なりにあれこれ回復を試みたが全くお手上げ状態だった。
電源投入[→]Windowの準備中[→]問題が発生しました再起動します。悪循環になってしまった。Optionとしてそのまま続行、変更を元に戻すというのがあるので後者を選ぶと長い時間がかかり、また上記の問題が発生しました再起動しますとなるのであった。

たまたま古いi-PadAirを持っているので、パソコンの出張修理サービスを検索すると15社くらい現れた。「PR」とマークのあるのは何だか胡散臭いから避けて、信用できそうな全国ネットの業者の一つG・O・Gという会社に電話し、出張サービスを依頼した。
来てくれた担当者から貰った名刺のURL を載せておく。
https://www.gog.co.jp

私が焦って自己流でいじくり回したから、規定の作業時間を超え超過料金を取られたが、幸い個人ファイルは外付けハードディスクに避難させてくれ無事だった。

請求書の内容は次の通り。(いずれも税込み)
訪問料:4320円
作業料金(診断・修理):136分 15,120円

教訓: タダより高いものはない。

ともかく「仁六たより」第5号の編集を無事完了し、発行人名義人である福岡のM氏に送り、やれやれとblogの更新を再開した次第です。


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