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相撲協会はブラック企業? [時事雑感]

今年の秋場所の惨状は異常としか言いようがない。番付表では四横綱だが白鳳、稀勢の里、
鶴竜と休場、期待された新大関高安も怪我で休場。

「一年を十日で暮らす好い男」という川柳があった。昔は今でいう本場所は年一場所で、しかも十日間興行だったのに由来する。これについて、いや違う、年二場所だったから二十日が正しいと論駁するネット論客もいるが、本稿の趣旨とは関係ないから無視する。
少なくとも現在の年六場所、1場所15日興行制と比べたら力士の負担はぐんと軽い。

ではあとの日々は何をしていたのか。地方巡業の旅がらす生活であった。私は朝鮮半島で生まれ育ったから子供の頃ソウルで地方巡業を見た。巡業中の力士は本気ではやっていない。半ば遊びである。東京の本場所のラジオ実況放送はあったが、テレビはない時代だから、観客はあの名横綱玉錦と双葉山を直接肉眼で観ることができただけで感動したものだ。

現在も本場所の合間に幾つかのグループに分かれて地方巡業をやっている。今はテレビのおかげで力士は全国的に顔が売れているし、客の眼も肥えているから昔の巡業のような半ば遊び半分な相撲は許されまい。力士の心身的負担はますます重くなる。

相撲協会は連日満員御礼で受けにいっているが、まるでブッラク企業ではないか。本場所で力士たちは怪我から身を守るため膝や腕、手首に様々な防具まがいのプロテクターやテーピングを着けて登場する。中には幕内から十両に落ちた安美錦の両脚のギブスのようなものをもう何年も着けているのが痛々しい。

絆創膏もテーピングない綺麗な体で出てくる力士は神々しいほどだ。

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年寄りの冷や水 [時事雑感]

高齢者の分際で新し物に飛び付く悪癖がある。最初にパソコンを始めたのは会社を引退する2年前、
社員教育の一環として産業能率短大の通信教育を社員に奨励していた。成績優秀終了者には会社が学費を支弁する制度だった。当時は正規の短大課程ではなく好きな科目を選び3~6か月間の履修である。品質管理、電気工学、外国語など多彩な内容だった。

パンフレットの中にノート型パソコン付のWINDOWS 入門コース3か月というのがあった。
確かWindows 95であったと思う。早速申し込んだ。それを知った部長、次長クラスが、専務がやるのなら俺たちも負けておれないと一緒に申し込んだらしい。

東芝の10インチノートパソコンにMicrosoftのWindos95, Word, Excelの3か月コースある。結果は私の一人勝ちだった。レポートは3か月とも100点満点だった。
一緒に始めた部長、次長にはパソコンのセットアップからもうお手上げで息子にやったと言う人もいた。

実を言うと、私はそれまでにプログラム言語Basicを独学し、今思うと玩具のようなコンピュータセット、すなわち。キーボード、プリンター(幅数センチのロール紙に印刷)、記憶装置(ミニカセットテープ)が一体になった代物である。メーカー名も忘れた。それでも会議の資料を作成したし、結構役に立った。老人ホームに入る前に処分して来てしまったが私のパソコンの原点である。

そのパソコンキットは処分したが、Basic言語を学んだ記念品として手元に残っているのは1983年11月発行の当時大阪大学倉谷直臣教授(英文学)のゴーストライターとして翻訳したBasicサブルーチンの技法の解説書である。

blog20170901Basic.jpg

話がそれた。ここで書きたかったのはApple社のタブレットiPadのことである。iPadが出現したのは2010年5月のことで、マスコミに大きく取り上げられた。天才スティーブ・ジョブスが誇らしげにテレビに出た。

私の最初のPadは2011年4月発売の第2世代機だった。その時は大阪心斎橋にあるAppleの営業所でやっていたApple schoolで初期設定と使い方の講習を受けた。

電子機器はライフサイクルが短い。日進月歩である。私の2台目となるのはiPad Airの2世代機である。2014年11月。この時の初期設定はチャットか電話サービスが選べるが、チャットはパソコンのキーボードがブラインドタッチでやるの必要がある。雨だれ打ちの私には苦手だから電話サービスを受けた。

パソコンでAppleのホームページから電話サービスを選び、電話番号を入力すると折り返し電話がかかる。パソコン、iPad Air, 電話機の三つをサービス・スタッフの指示に従って操作し、変わった画面の結果を電話で伝える。忙しい作業だった。小1時間くらいかかった。

このiPad AirはOSの更新を自動でダウンロードしてくるからまだまだ使える筈だった。アクシデントが起きた。持ち上げた時に手を滑らせ、床面に落とした。落下したiPad Airは角を床にぶっつけた。打ち所が悪く、衝撃が大きかったのだ。表面の透明のアクリル板スクリーンがガバっと剥がれてしまった。押し込むとiPadとしての機能は問題ななさそうなのだが、押え込んでも浮き上げってしまう。本体全体が変形したらしい。

 急遽Amazonで難接着材用接着剤を探した。2種の接着剤を練り合わせ使うものがあった。Amazonは翌日には届けてくれる。早速接着剤を調合しくっ付けて重しをかけておいたが、所定の硬化時間後重しを外すと元の木阿弥だ。諦めた。iPad Airに別れを告げることにした。

 Appleのホームページで新しいi-Padを探す。Airはもう廃機種で売っていない。最新モデルのiPad-Pro。高い!こうなると自分の残された余命が足を引っ張る。いつまで生きるつもり?と責める。
最近は耐久家財を買う時いつも悩む。長生きすると耐久家財も寿命が来るのだ。

 2017年3月発売のという普通のi-Padがあった。余命と妥協して一番安い仕様の型を選び、注文ボタンをクリックする。翌日には配達された。サイズは壊したAirと同じである。今回は保証期間2年間の延長サービスのApple Careを付けた。最初に起動させた時から保証が始まる。

iPhoneでもiPadでも毎日電源を入れると本人確認用の暗証記号の入力が必要である。パスコードという。これまでは4桁だった。新しいiPadは6桁になった。

ちょっと脱線するが、この暗証番号は周知のように銀行取引や各種インターネット会員登録で必須なものである。しかも、同じものを使い回すな、生年月日は使うな、同じ暗証番号を永く使わず時々変えよとなると暗証番号、パスワードがやたらに増えて管理と記憶に難儀する。これまでも2回連続して間違えとロックされて締め出されることが一度や二度でない。暗証番号の桁数も増やされる傾向にあり、記憶力の衰えた年寄りには難儀なものだ。

注文を確定し、出荷した時点で私のiPadと個人情報は既にApple社に登録されている。
取敢えず充電してパソコンの前に新しいiPad、 接続用USBケーブルを用意して座る。私のパソコン机には親子電話機の子機が置いてある。

AppleのホームページからiPadのサービス担当を呼び出す。チャットは苦手だから電話を選択すると折り返し電話が鳴る。女性のスタッフだった。前回は男性スタッフの電話による指示に従って作業したのだが、今回は違う。

何と彼女は私のパソコンの画面を覗いているのだ。画面に赤い矢印(マウスポインタ)が動く。彼女が動かしている。「ここをクリックして」、「そうそう、次へを押してください」といった具合である。
「ここでダウンロードを押して。あ、画面をちょっと下へスクロールして、このダウンロードを押して」
私の古いパソコンはダウンロードに凄く時間がかかる。待ち時間に「NさんのパソコンWindows7ですか?」
「去年無料でアップグレードしたWindows10だよ。私と同じ年寄りだよ」

はいここでiPadをパソコンのUSBに繋いで。あら、確認できません。繋ぎなおしてみて。ハイハイOKです。ここでPadの再起動してください。
Nさんのパソコンの画面は丸見えですけど、残念ながらお顔までは見えませんのでご心配なく」と笑う。
「私は貴女の顔見たかったな。長い時間付き合ってくれて有難う」

勿論彼女のパソコンはリンゴマークだろう。技術が進んだものよと感心すること頻りである。
翌日Appleからサービススタフの応対についての評価依頼のアンケートのメールがあった。
もしまたiPadを買い替えたら、今度はお互いに顔を見ながら話す時代になっていることだろう。

今日は壊れたiPad Airに入れてあるアプリを新しい方に移植するのに半日費やした。 やれやれ一見落着である。







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ちょっと臭いニュースこぼれ話 [時事雑感]

またしてBBCニュースである。
見出しは
India divorce granted over lack of toilet
インドでトイレットなしに離婚を認める

或るインド人女性が、夫が自宅にトイレットを作らないという理由で離婚を認められた。
女性は20代で結婚して5年になるが、用足しは近くの野っ原で済ますよう強要されている。

インドの法律では離婚は一定の条件、家庭内暴力DVか虐待が立証できる場合だ。
女性の弁護士は排泄行為をオープンな野外ですることを強要するのは一種の拷問に当たるとAFP通信のの取材で語った。

ラジャスタン州の裁判所は女性は陽が落ちるまでトイレ代わりの野原に行くのを待たなければならないと語った。

インディアン・タイムズは裁判所の採決を「我々は煙草、酒、携帯電話には金を惜しまない。だが家族の尊厳を守るためのトイレットには金を使いたがらない。

村では女性は用を足すのを日が沈み暗くなるまで待たなければならず、これは身体的虐待ばかりか女性の謙譲を冒涜するものだ」

地方紙によると女性は2015年に離婚の訴えを起こしたという。

排泄を大も小も野外でするのはインドの田舎では当たり前の慣習だった。そこで政府は2019年には全世帯にトイレを作ることを目標とした。ところが作業現場では想定外の抵抗があった。

田舎では朝から晩まで戸外で働く。トイレに金を投じても大部分の人は排泄物に由来する悪疫の蔓延にもかかわらず、利用しないだろうというのだ。
昨年UNICEFはインドの人口のおよそ半分はトイレを使わないと予測した。

このニュースを読んで、私は今や原爆保有国でもあり、自前の人工衛星を揚げるほどに進んだ大国インドでは、表向きはタブーとして語られない昔からのカースト制度が今なお根強く残り、階層ピラミッドの最上層に居るほんの一握りのエリートが支配して、奴隷や不可触賤民が大多数を占める構図が私の頭に去来するのである。

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巡洋艦と潜水艦 鎮魂の記 [時事雑感]

 8月15日は太平洋戦争で日本が降伏し敗けた月たから戦争に纏わる話題が多い。なぜか日本では敗戦と言わず終戦と恰好つけて呼ぶ。

さてアメリカと日本の沈没艦船についての対照的なニュースがある。
先ずBBCニュースから。

USS インデイアナポリス号72年ぶりに発見される。
第2次世界大戦時のアメリカ海軍、重巡洋艦インデイアナポリス号が太平洋で発見された。日本の潜水艦に沈められてから72年後である。深さ5.5kmの海底であった。

インディアナポリスは後に広島に投下された原爆の部品を運ぶ特別機密任務を果たして帰還中に日本の潜水艦に撃沈されたのである。乗組員1196名の中、僅か316名が救助された。米国海軍にとり史上最大の人的損害である。

マイクロソフト社の共同創業者でこの民間捜索チームの指揮を執ったパウル・アレン氏はこの発見はまさに偶然だった。巡洋艦インディアナポリスは1945年7月30日フィリピン海のどこか、グアムとレイテの間で日本の潜水艦による魚雷で撃沈された。

800名から900名が沈没する艦から脱出した。しかし遭難信号は受信されていない。4日間の後、鮫の跳梁する海で生存者316名が偶然発見された。艦の速い沈没(約12分間だったと推定される)と救難信号の欠如から沈没位置は長い間不明だった。

アレン氏の捜索チームがインディアナポリス号を発見したのは、海戦史研究家が艦の沈没2日前7月28日の所在位置を割り出したのち、8月18日のことだった。

同艦はその最後の機密任務、すなわちLittle Boyのニックネームの原爆の部品と濃縮ウランを運んだことで知られる。これらの資材はテニアン島に届けられた。テニアン島は大戦末期の米軍基地で世界最初の原子爆弾を広島に発進させた。インデイアナポリス号は原爆が広島を壊滅させる数日前に撃沈されたのだ。その後Fat Nanのニックネームを付けられた原爆が長崎にも投下され、これが日本を降伏させ第二次大戦は終わったのである。

戦争中重要な役割を果たした米国海軍重巡洋艦インディアナポリス号の勇士達とその家族を思うと、この発見ができたことは私にとっては偶然でしたが栄誉なことです。
この凄まじい環境の中での乗組員の勇気、執着、自己犠牲に対してアメリカ人として我々は大きな感謝の負債を負っています。

インディアナポリス号は米国海軍の資産で今や守るべき戦争記念物War Memorialです。捜索チームの報告書に述べた。

今なお存命中の22名の乗組員の代表は語る。我々の乗艦が発見されるこの日を全員が一日千秋の思いで待っていました。

アレン氏の探索チーム16名はこれまでに第二次大戦時代の日本の戦艦武蔵、イタリア海軍のアルチグリーレ号を発見している。

以上がアメリカ側の話である。以下は日本側の記録である。

1945年7月29日23:05、当時としては世界最大だった日本海軍の潜水艦伊58号は北緯12度02分、東経134度48分のパラオ北方250浬付近で浮上して電探(電波探知機、現在のレーダー探知機)使用中、右舷真横約10kmの位置にテニアン島に原子爆弾を搬送し帰路に着いていた重巡洋艦インディアナポリスを電探により発見。橋本艦長はインディアナポリスをアイダホ型戦艦と識別し、12ノットで直進していると判断した。

艦長は潜航し、魚雷戦と特攻回天6番艇と5番艇の発進準備を行った。しかし、回天の短い特眼鏡では闇夜でインディアナポリスを発見するのは難しいと判断し、まず魚雷攻撃をかけることにした。

その時、インディアナポリスが左に舵をきったため、伊58は右に舵をきって攻撃位置についた。23:26、伊58はインディアナポリスの右舷側60度、約1500mに位置し、3門ずつ、2秒の間隔をあけて魚雷6本を発射。魚雷は3本がインディアナポリスに命中し、1本目がインディアナポリスの1番砲塔直下に命中。2本目が1本目の爆発で空いた穴に命中、3本目は艦橋付近の2番砲塔後部に命中した。

この衝撃でインディアナポリスは2番砲塔の弾薬庫が誘爆。インディアナポリスが停止し、右舷に傾斜し艦首から沈み始めたのを確認した。

橋本艦長は、深度30mに潜航して止めの魚雷の装填を行った。この時、特攻兵器回天班からは「敵が沈まないなら出してくれ」と発進を催促していた。しかし、艦長はインディアナポリスに魚雷を3本命中させた時点で、この攻撃での回天使用を止めたのである。翌30日0027、インディアナポリスは沈没した。

30分後、伊58は魚雷の装てんを終えて潜望鏡深度に戻ったが、次に浮上しても周囲には何も見えなかった。橋本艦長はアイダホ型戦艦撃沈と判断し、大物撃沈ということで乗員の士気はいやがうえにも高まった。しかし、これとは対照的に回天乗員は悔しがり、「戦艦の如き好目標になぜ回天を使用しなかったのか」と涙を流していた。

インディアナポリス撃沈は、日本海軍の潜水艦としては最後となる大型戦闘艦の撃沈であり、第二次大戦で敵の攻撃により沈没した最後のアメリカ海軍水上艦艇である。

敗戦後伊58号はアメリカ軍に接収されその高性能を隈なく調査された後、長崎県五島列島沖で撃沈処分された。インディアナポリス号の仇討ちだったのだろうか。

太平洋戦争後の1946年、米軍により長崎県・五島列島沖に沈められた旧日本海軍の潜水艦を、民間の探査チームが26日まで水中ロボットで調査した。チームが目標としていた「伊58」とみられる潜水艦を発見し、今後、映像を分析して最終判断する。

なおこの海域は戦後アメリカによって処分爆沈された潜水艦の墓場となっているそうだ。

哺乳類で同じ属同士が殺し合うのは人類だけだという。それが自ら万物の霊長と格付けしているのだから、この地上に永遠に平和はこまい。







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発達障害 [時事雑感]

かなり前のことだがテレビで発達障害という病気について紹介していた。脳神経系医学が進みこれまでなかったメンタル系の病気が解ってきたのだ。よく知られたタレントが自分は発達障害であることをカミングアウト(公表することをいうのだそうだ)していた。

見た目は判らない。それでも普通ではないところがあるのだそうだ。普通の人ができることができない。何ができないのかは人によって違う。何だかよくわからない話だった。

さて、甲子園での高校野球の熱闘を見ている。高々と飛翔するボールの落下点に走り捕球する。中にはフェンスぎりぎりでランニングキャッチをする。

不意に発達障害の話を思い出した。私にはとてもあんな芸当は出来ない。第一、飛球のコースは読めない。普通の子が出来ていることが私には出来ない。子供の頃から出来なかった。

これは運動神経の発達障害だと思う。小学校、中学校時代から体育(昔は体操と言った)の時間がなければいいのにと思った。

私は幼少時から虚弱体質で所謂蒲柳の質で痩せてひょろひょろしていた。小学校低学年で肋膜炎を患い、エキホスという湿布剤をネルの布切れに分厚く塗って胸に巻く。巻いた瞬間のゾクっと冷たい感触は今でも覚えている。よく風邪を惹いた。扁桃腺が腫れて熱をだした。

銀行に勤めていた父の転勤で頻繁に移転した。生まれたのは京畿道京城府(現ソウル)だったが、すぐに北の沙里院へ引っ越したらしいが記憶にない。
小学校は現在の北朝鮮咸鏡南道の元山府で入学し、2年生は同じ道の咸興府だった。(朝鮮では日本の県を道、市を府という)

4年生の時生まれ故郷の京城府、ここで扁桃腺の切除手術を受けた。

5年生の2学期に4校目の京畿道仁川府現在インチョン空港で知られる)に転校、ここで中学校に入学。

中学に入ると2年、3年生で肺門リンパ腺炎、肺浸潤を患い体操の時間は殆ど見学に回った。
これが運動神経発達障害の原因となっているのだろう。

中学校では夏には水泳の教科が加わる。今のように学校にプールがあるわけではない。仁川港は干満の差が11mという世界でも有数の潮位の差があるから海では泳げない。海岸近く公共の海水プールがあった。

中学生は6尺褌を締め、紅白の体操帽を泳げない者は赤、泳げる者は白を表にして区別する。もちろん私は赤帽だった。
(そんなこともあって二人の娘は子供のときスイミングスクールに入れた。)

戦時色が進み中学の陸上競技会は国防競技というのに変わった。手榴弾の投擲距離を競う。木製の橇に土嚢を積んで引っ張って走る。いわば現在の輓馬競争である。馬の代わりに人間が牽く。

最も苦手だったのは、歩兵の武装(38式歩兵銃、弾薬匣の付いた革帯に銃剣、網上げ靴にゲートルを巻き2m程の板塀を乗り越える競争だ。走って行って塀に飛び付き、腕力で体を持ち上げ塀を跨いで向こう側に飛び降りる。非力な私は板塀に飛び付いても重装備の体を持ち上げことが出来ず、決まって落伍し大恥をかいた。

発達障害は運動だけにとどまらない。音痴なのである。会社の部下たちと飲み会してカラオケのあるバーに行く。その時は身内の部下ばかりだから歌うと拍手してくれる。

いい気になって家のステレオセットにマイクを買ってきて繋いで歌った。亡妻が呆れて言った。
「そんな調子はずれで外で歌ってるの! 恥ずかしい。みんな身内だからお義理で手を叩いてくれてるんじゃないの。今度歌ったら離婚やで」それを遺言として今も歌わない。

以上私の発達障害のカミングアウトである。高校生の美技を楽しんでいる。たまに捕球し損ねてエラーになると人間らしくていい。





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世にも奇妙な物語 [時事雑感]

世の中には信じられないことがあるものである。

BBCニュースにこんな記事があった。頭の体操を兼ねて翻訳してみる。

年は1989年のこと。レベンタゾン河(南米コスタリカ)の堤を歩いていた漁師チトは奇妙な光景に出くわした。

堤で一頭のオスのワニ(クロコダイル)が死にかけていた。近寄って調べると痩せこけた150lb(1Lbは0.45g.即ち67.5kg)程ののワニで、近在の牧場夫に頭から左眼にかけ銃で撃ち抜かれたようだった。

(*訳注: ワニにはクロコダイル、アリゲーター、カイマンに分類され、最も大型で凶暴なのがクロコダイル。)

チトはワニ(クロコダイル)は危険な生物であることを承知しているが、この瀕死の哀れな生き物を放置しておけなかった。すぐさま行動を起こし仲間を呼んでワニをボートに乗せた。家に連れ帰って治療してやり、治ったら元の河に放してやる積りだった。
彼はこの大きなワニにポチョと名を付けた。“力”という意味だ。自宅の裏庭で世話を始めた。

この愛他主義者の漁師は薬、餌それにもっと大事なケアと気遣いをも併せて与えた。
チトはポチョに鶏肉と魚を与えた。感染症を防ぐための薬も手に入れた。夜にはポチョに添い寝して寝かしつけることまでした。

6か月間、チトはポチョに自分の手から餌を与え、消化を助けるため自分で噛んだ物を食べさせることまでした。

愛情がポチョの回復に果たした最も重要な要素の一つであった。チトはポチョにキスとハグをした。話しかけ、ペットのように可愛がった。

「このワニは生きる意欲を取り戻すため私の愛情が必要だったのです」

当然ながら彼の最初の奥さんは面白くない。夫が危険な人食いモンスターを連れ帰り、介護して健康を戻そうと計画している。最初はそれを受け入れた。夫は何か大事なことをしているのだと。

しかし結局は夫が自分よりワニと過ごす時間が多くなったことに腹を立てて家を出て行った。
チトは動じなかった。「何かワニに特別な思い入れがあったのかもしれません」と言う。

ポチョがすっかり回復して故郷の川に戻るその時が来た。チトとその友人たちはワニを
ボートに乗せ近くの川に放してやった。チトは一人寂しく家に戻った。

ところが翌朝、信じられないことが起こった。チトが朝起きて外へ出ようとするとベランダにポチョが寝ていたのだ。ポチョはボートを追って川を下り我が家に戻ってきたのだ。

チトにはポチョが自分の意思で命の恩人の住むシクイレスの集落に住もうと決めたのだと思えた。ポチョはチトが所有する敷地内の湖に移された。チトとポチョの間は親密の度が深まった、
時が経つにつれポチョは家族の一員となった。

チトは再婚し女の子を授かった。幼い女の子は巨大なワニに近づくことは許されなかった。
ポチョがチトについて家まで来た時、チトは試しにポチョと名を呼んでみた。ポチョは反応した。そこでチトはワニを飼い慣らすことができそうだと気付いた。

ポチョは命の恩人を慕っている。共に寝た長い夜、チトが心を込めて与えた餌と愛情。それらをひっくるめて人間と野獣の10年に亘る不思議な交流。毎日ポチョは胸までの深さの湖を渡って飼い主と遊ぶためにやってくる。この奇譚は世界中から旅行者の関心を惹きつけている。

Blogチトとポチョblog用.jpg





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米朝関係の落とし処 [時事雑感]

北朝鮮が米領グアム島沖合(公海)に向け島根、広島、高知の上空を通過し、弾道ミサイル火星12型4発を発射する準備が整い、金正雲主席の発射命令を待っていると公表した。

日本政府はいつものように北朝鮮の挑発を非難し、航空自衛隊は迎撃システムPAC3を各所に配置した。

発射に備えての避難訓練やJ-alartのテストを実施したが文字化けで伝わらず大恥である。

ところが15日の北朝鮮の朝鮮中央通信は「金正恩委員長は悲惨な運命に慄いているアメリカの行動を今少し見守るとの声明を伝え発射を事実上凍結した。

挑発行動を続けてきた金委員長の強硬姿勢の後退、あるいは譲歩とも言える発言だ。これを受け、ウォール・ストリート・ジャーナル(WSJ)は、北朝鮮がグアム沖へのミサイル発射計画の中止を決定したとさえ報じた。

トランプ大統領は即座に例のツイッターで
Kim Jong Un of North Korea made very wise decision.The alternative would have been both catastrophic and unacceptable!
北朝鮮の金正恩は非常に賢明な決断を下した。別の選択なら壊滅的かつ容認できぬものとなっただろうと応じた。

CNNはこれを報じたが日本のメディアはなぜか無視して報道しなかった。

独りNHKの裏番組と言えるNHK WEB NEWSでは報道しているが、公共放送ということもあって慎重である。

私はこれまで北朝鮮悲願はアメリカに北朝鮮の体制を承認して国交を持って欲しいことだと何度も書いた。アメリカは北朝鮮とイランを悪の枢軸と呼んで対話を拒否してきた。

第一代の金日成、第二代金正日、その頃に交渉持っていれば、核やミサイル技術をここまで進化させずに済んだであろう。

日本人は北朝鮮は国際社会から孤立していると思っている人が多いが、国連加盟国196か国中、北朝鮮と国交がないのは米国とその従属国である日本、欧州ではフランスと南米の数か国、計17国くらいである。

ここはトランプの得意とするdealで腹の大きいところを見せて欲しいものである。

最近のテレビに映る金正恩には心なしか焦りの表情が見える。
虎の尾を踏んで本気でアメリカを怒らせたら圧倒的な軍事力の前に勝ち目がないことを承知している。。やけくそに核弾頭の付いたミサイルをぶっ放すかもしれない。

上げた拳を下す場を作ってやることが必要ではないか。

折しもまた米韓連合の対北朝鮮鉄槌Iron fist)軍事演習が始まろうとしている。



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ニュースこぼれ話 [時事雑感]

奈良公園に棲息する鹿は天然記念物として保護され、観光客を集めている。どれくらいいるのか検索してみると、

平成29年度「奈良のシカ」生息頭数調査
調査日時 平成29年7月15日・16日 午前5時~8時 (2)調査地域 奈良公園域内-

〇奈良公園のシカの総数 1,498頭(うち鹿苑内収容頭数272頭)
(1)奈良公園内生息頭数 総頭数 1,226頭(前年比+46)
雄シカ 261頭(前年比+25) 雌シカ 731頭(前年比+16) 子シカ 234頭(前年比+ 5)

(2)鹿苑内保護収容頭数 総頭数 272頭(前年比- 3) 雄シカ 152頭(前年比-12) 雌シ 120頭(前年比+ 9)

3.年間死亡頭数(平成28年7月16日~平成29年7月15日) (1)年間死亡頭数 ※うち( )は、公園外。
総頭数 416頭(216頭)※前年比+75 雄シカ 156頭(107頭)※前年比+35 雌シカ 125頭( 71頭)※前年比+10 子シカ 135頭( 38頭)※前年比+30

主な死因 ※うち( )は、公園外。 交通事故 91頭( 34頭)※前年比+10
疾病 206頭(133頭)※前年比+32 野犬 0頭( 0頭)※前年比- 2 その他 119 頭( 49頭)※前年比+35

一方近在の農家では我が物顔にのさばるお鹿様の食害に悲鳴を上げている。お鹿様たちは栄養価の高い稲の穂先部分を選んで食い荒らす。
防御用ネットや電気柵は高さの制限があり、容易に飛び越えられてしまう。

そこで奈良市は区域と頭数を指定して捕獲をすることにした。とのニュースである。

このニュースを読み、手っ取り早い対策は避妊手術ではないかと思った。前に神戸市の野良猫避妊手術について書いた。獣医の需給バランスと岩盤規制について書いた。

だか国会の先生方は閉会中審査で加計学園の獣医学部新設に首相の関与の有無を追及している。閉会中審査の先生方の安くないだろう手当、諸経費はすべて我々の税金である。

奈良の鹿の頭数を一定保つ方策にも加計学園の獣医学部新設が必要ではないか。物事の本質を議論してもらいたいものだ。

奈良の鹿.jpg
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獣医制度と岩盤着規制(その2) [時事雑感]

たまたま散髪屋の待ち時間で広げたスポーツ新聞の広告で見たペット介護士の広告からこのblogを書き始めたが、今や大げさに言えばマスコミ(国民ではない)と野党を挙げての騒ぎになった。

地方公共団体が地域を活性化させる取り組みを行えるようにするため、地域の特性に応じて、国の規制について緩和等の特例措置が適用される区域。小泉純一郎政権が推進した構造改革の一環として平成14年(2002)に導入された。構造改革特区という。

平成19年(2007年)今治市はこの制度を活用して積年の計画だった獣医学部開設を提案した。しかし、元愛媛県知事K氏が参考人として述べたように提案は却下され続けた。


この項を書くに当たってネットで資料を漁っていたら、6月22日付のPresident誌 online版で
加計学園「半世紀ぶりの獣医学部は不要か」「獣医師は犬・猫の医者ではない」という見出しの東京大学名誉教授、公益財団法人。食の安心・安全財団理事長 唐木英明氏の特別寄稿文なるものがあった。長いから要旨を抜粋する。

獣医は犬猫のお医者さんと思われているが、獣医本来の仕事は
1. 家畜臨床:牛、豚、鶏などの病気(トリインフルエンザ、BSE(狂牛病)、口蹄疫等の予防と治療
2. 公衆衛生・食品衛生で屠畜場での検査、輸入・国産食品の安全性検査、外食店の衛生検査。
3. ライフ・サイエンスの研究や医薬品の開発(実験動物による安全検査)などである。

現在のようにPETとしての犬・猫を診るようになったのは最近のことだ。獣医の需要が増えているにかかわらず獣医学部は昭和41年(1766)年の北里大学を最後に新設が認められていなかった。

獣医師会は既得権益を守るため獣医学部の新設に一貫して反対していた。
文部科学省はそれを忖度して平成15年(2003年)、新規の獣医学部の開設を認めないと告示。これがいわゆる岩盤である。

以下は国家戦略特区についてのことバンク解説記事を参照

安部総理の宣言(2013年のスピーチ)
「私が提案する「国家戦略特区」は構造改革特区の考えをさらに進化させていくものである。」

国家戦略特区の源流は?
2003年小泉政権時にスタートしたのが「構造改革特区」。「国民が安心して将来を設計できる環境
を整備する。「“改革なくして成長なし」

構造改革特区は“地方自治体と企業”が特区計画を作成し提案する。
これを関係省庁と地方創生推進事務局が調整し、認められれば“認定申請する”。
ここで“認定”の可否が決まる。
現在まで約400自治体を認定している。
しかし、省庁間の意見対立で規制緩和がなかなか進まないこともある。
既得権益を守ろうとする動きもある。

国家戦略特区(2013年第2次安倍政権)
2013年安部首相は、成長戦略第3弾として、
「規制改革こそ成長戦略の一丁目一番地」と述べた。
   
国家戦略特区の仕組み
◆ 「区域」認定がある。
地方自治体が、国家戦略特区ワ-キンググループに提案する。
◆それを受けて、諮問会議(国家戦略諮問会議・議長安部首相)で検討し、
認定するかどうか吟味する。
(年に2回提案することができる)

これで「区域」決まる。
◆ 「特区」認定のために地方自治体と企業は
◆ 区域会議に提案する。特区担当大臣、自治体、企業が「特区」案を作成し
◆ 諮問会議(国家戦略特区諮問会議・議長安部首相)に諮られて認定を受ける。

規制改革の対象分野は、
都市再生、創業、外国人材、観光、医療、介護、保育、雇用、教育、農林水産業近未来技術。
ここには「関係省庁」が入っていない。

安部総理は、「国は、地方自治体の提案を審査する立場ではなく、地方と協力する。
国自身が目的を明確にし、主体的に出来ることは何でもやっていく」すなわち「国主導による“トップダウン型
事例;◆ 民間企業の農地取得:2016年11月、兵庫県秩父市に本社のある製本会社など3社に事業計画認定

農協などが「農地は耕作するものが所有すべき」と反発した。

官僚は現状を変えたくないと思っており、省益7割と言われている。だから、改革は“トップダウン”でないと難しい。

良い規制と不必要になった規制もあるので、バランスよく進める必要がある。

(国家戦略特区に関してはネット上の用語解説記事ことバンクを参考にした。)
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ペット介護士と獣医制度の岩盤規制(その1) [時事雑感]

理髪店に行った。シニア会員ウィークデイ割引の店である。入店した順に番号札を取る。待っている間、たまたまテーブルの上にあった普段は見ないにスポーツ新聞を広げた。
「ペット介護士養成講座」獣医〇〇先生監修の広告が目についた。知らなかった。こんな資格があるなんて。

この老人ホームの癒し犬(去勢手術済み)として入居者から愛され、一昨年老衰で死んだ柴犬のゲンちゃんを思い出した。推定年齢16歳、人間で言えば100歳を超えた。犬舎の鉄棒の間から手を入れて肩のあたりを揉みほぐしてやると、気持ちよさそうにうとうとした。私が近づくと嗅覚で覚えていたのだろう。立ち上がって尾を振った。

犬好きな入居者が当番制で毎日散歩させていたが、足を痛めている私は遠慮して専ら肩もみだった。

晩年、ゲンちゃんの老衰が進み、立てなくなると、入居者に代わってホームのスタッフが特殊なハンモック状の補助具でゲンちゃんの体重を吊り上げるように支え、散歩をさせていた。

現在、日本で飼育されている犬は9.878千頭、猫は9.847千頭。ほぼ同数といってよい。平均寿命は
犬は14.36年、猫は15.81年(外猫は13.26年)
飼育にかかわる医療費は一か月、犬8.136円、猫5.435円だそうだ。(以上一般社団法人ペットフード協会)

昔は犬も放し飼いが普通だった。私が子供の頃のイロハかるたの1番は「犬も歩けば棒に当たる」に決まっていた。じっとしておればよいのに、ノコノコでしゃばると災難に遭うということらしい。

昔は犬も自由を謳歌していた。首輪をしていれば一応飼い犬とみなされ、首輪のないのは野犬として捕獲、殺処分の憂き目に遭う。野犬を捕まえる人を私たちは「犬殺し」と呼んだ。針金の輪の付いた棒で犬の首にひっかけて捕えていた。(私は少年期を朝鮮半島で過ごしたから朝鮮での呼び方である。)

土用の暑さ凌ぎに鰻を食べる日本の食文化と対照的に、朝鮮では犬を食べる。補身湯(ポシンタン)という。犬殺しに捕まった不運な犬の行き場所である。

1988年ソウルオリンピックの時、韓国政府は表通りの補身湯の店を外国人の目につかぬよう裏通りに強制的に移転させた。

実はこのblogの前身だった私のHP「Old Joe の部屋」で、少年期に目撃したその残虐な殺し方や、オリンピックの後、ホテルのフロントがこっそり案内してくれたソウル裏通りの補身湯の店での体験記を書いたことがある。だが今回のblogの主題ではないから再掲しない。

閑話休題:現在日本では飼えなくなって保健所に持ち込まれ、引き取り手がなく殺処分の憂き目に遭うのは犬21.500頭、猫79.700頭で、炭酸ガス室での窒息死、筋弛緩剤注射などで殺されている(環境省調べ)

私の住む神戸市では昨年野良猫の不妊・去勢手術を公費で負担する条例を市議会全会一致で可決制定した。避妊手術はもちろん獣医が当たる。野良猫の捕獲は市の獣医師会や地域団体などでつくる推進協議会を設置し、ボランティアやNPOに委嘱する。

さて岡山県に本拠を置く学校法人加計学院が、愛媛県今治市、地方創生総合戦略経済特区に建設中の獣医学部が政争の種となっている。政権側から働きかけがあったのかどうかが争われている。
休会中審議で参考人を呼び証言を取る。

参考人の一人元文科省事務次官M氏は政権側からの政治的圧力があったと明言して、野党を鬼の首でも取ったように活気づかせた。

一方、元愛媛県知事で、自治相の経験もあるK氏はこれまで現政権のもっと以前から愛媛県経済特区に獣医学部を新設するにあたり、東京偏重の中で真っ先に手を挙げてくれたのは加計学院だけだったと証言したが、マスコミは報道の力点を政権側の政治的圧力に置き、K氏の証言はほとんど黙殺した。




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90歳何がめでたい [時事雑感]

私が最後に勤務したK社から創立70周年の式典とパーティの招待状が送られて来たのは4月の初め、
さくらが咲き初めるころであった。期日は6月30日、まさに今日であった。会場は大阪中の島のロイアルホテルである。

3ヶ月も先なら大丈夫と出席を〇で囲み返信はがきを出した。首吊りながら今風デザインのAB7サイズのスーツを買った。カレンダーに6月30日に赤丸を入れた。一進一退の創も3ヶ月先なら治っている筈と思い込んでいた。

私はK社を創業50周年の式典の後退職した。それから20年が経った。50周年当時の社長も、会長であった親会社Y社の社長も、この20年の間に相次いで鬼籍に入った。私も葬儀に参列したのだが、お二方の享年は今の私より若かった。

取引先、親会社、K社の元役員中おそらく私が最長老の出席者であったろう。
しかし一進一退の創は3ヶ月経っても治らなかった。K社総務部の女性に残念ながら出席を取り消します。社長様に宜しくとメールを送ったのは4日前のことだ。

私が愛読している作家の一人である佐藤愛子女史の「90歳何がめでたい」がベストセラーになっているとニュースにあった。私はKindle版を読んだ。

大正13年生まれ92歳の佐藤さんの最近作「晩鐘」を読んでいる。「仲間たちはさよならとも言わずにこの世を去っていく」とある。まさしく私も90歳何がめでたい心境である。


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日本人の姓 [時事雑感]

 NHKの番組にフリーアナウンサー古舘伊知郎さんがメインキャスターを務める「日本人のおなまえっ!」というバラエティ番組がある。日本人に多い姓、珍しい姓や難読の姓などを取り上げ、そのルーツや普及度を調べる。ご覧になっている方も多いだろう。

それで思い出した。どうでもいいことだが私の姓は別に珍しくもない、ありふれた中嶋である。これをパソコンのwordで変換すると中島、中嶋、中嶌、仲島、仲嶋、仲嶌などが入っている。

我が家は長い間、最も画数の少ない「中島」と名乗ってきた。明治25年生まれの亡父がそう書いていたのだ。貧農の出身だった父が滋賀県坂田郡南郷里村の尋常小学校高等科を卒業し、明治40年15歳で大阪の百三十銀行(後安田銀行)に採用された時の辞令が残っている。

私企業の辞令ではあるが、我が家の家族一同、それが正しいと信じて疑わなかったのである。

最近、古い手紙、葉書の入った文箱を整理していると昔の手紙類はすべて中島名でやり取りしていた。私は滋賀県長浜市に引揚げてきたのは終戦の1945年の12月。3月に長浜で就職。その後転勤に伴い、尼崎、茨木、横浜、また尼崎、宝塚と転居したがずっと「中島」で通してきた。住民登録も銀行への届も同様である。

ところが或るとき、宝塚市役所から本籍地、長浜の戸籍原本と違うから職権により「中嶋」と変更しますと言ってきた。多分住基ネットが始まった頃で1978年だったかと思う。1927年に生まれてより50年間は「中島」だったのが突然「中嶋」となった。昔から付き合いのある人はいまだに「中島」と書いてくる。単身赴任中の家族間の書簡も中島だった。

1978年8月に初めて申請したパスポートには戸籍抄本が必要だったから「中嶋」となっている。
亡父も晩年、韓国、台湾、中国に旅行し、旅券申請して知っていたはずだ。それでも死ぬまで「中島」で押し通した。形見の実印もそうなっている。

私が最後に勤務した尼崎の会社でも最初は「中島」と称していたが、今と違い海外出張でアメリカ領事館にVISA申請が必要であったので社内でも中嶋に改めた。

運転免許証は昭和34年(1959)に取得した。当時は「中島」だったはずなのにいつの頃からか「中嶋」となった。

昨年、終活の一環として公正証人役場で遺言書を作成するのに必要な、一統の戸籍謄本を長浜市役所から取り寄せたが、もちろん死去でバツイチにはなっているが慶応5年生まれの祖父の代から「中嶋」となっている。

古舘さんがネタにする稀少な珍名でも、難読名でもない、平凡な名前でも私のようなケースもあるので紹介した。今にして思うと父が勝手に簡略化したとばっちり被ったということであろう。

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一進一退、それを良しとせよ。 [時事雑感]

このBlogでこれまで何度も愚痴ってきた踵の褥瘡である。3年前(2014年2月)インドネシアへの旅から帰国して高熱を発した。地元の徳洲会病院に担ぎこまれ肺炎の診断。ICUで人工呼吸器を着けられ4週間の入院。危篤に陥ったが生還した。

その時の褥瘡だから、今年で4年目になる。通院可能な形成外科は垂水に一軒しかない。
最初の惨状から思えば劇的に創は小さくなったものの、ここ数ヶ月は殆ど改善されない。

一進一退、悪化しないだけよしとしなくてはなりませんね。とドクターは言う。
もうやるべき手立ては尽くしたということだろう。徳洲会病院には皮膚科も形成外科もなかった。踵が褥瘡で壊疽を起こした状態で退院した。徳洲会病院はこの老人ホームの提携病院ではない。

その2年前に右脚を骨折して入院したのは神戸掖済会病院だった。ここでは提携病院で月曜から金曜まで毎日3便送迎バス出ている。3ヶ月近くの入院でも褥瘡は生じなかったのは右脚全体を石膏ギブスで覆われていたからだろう。

だがギブスが外れた後の、曲がらなくなった膝を曲げるリハビリの痛さったらなかった。
担当の理学療法士は、お宅は椅子の生活なら膝を折って座る必要ないでしょうと完全に180度折り曲げることはせず110度くらい止めてしまった。その後遺症で今も正座が出来ず,田舎の法事に行っても他の参席者が正座している中、一人椅子に座る。我ながら大失敗であった。やはり痛みをこらえて正座が出来るまで曲げて貰うべきだった。

もう一つ、3か月に一度眼科の健診に行く。糖尿病の持病があるので、眼底出血の有無、網膜剥離と白内障の検査を受ける。

先週の検査では前回と変化はありません。3か月後にまた来てください。点眼薬カリーユニを1日4回さすことになっているが、しばしば忘れる。この病気も不可逆性で良くなることはない。変化がないというのは喜ぶべきことなのだ。

80歳以上は4人に1人が認知症またはその予備軍MCIと言われる中、脳ドックで検査の結果、私の物忘れは加齢によるものとの診断であった。加齢と言われればどうしようもない。毎日毎日歳月は過ぎてゆく。

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相撲弄談(2) [時事雑感]

今年平成29年夏場所は先場所に引き続き、稀勢の里フィーバーで始まった。実況放送を独占するNHKでは、過去のデータベースを蓄積しているから、横綱が出たのは何県から、何年振りだ、とかの経時的記録の解説には事欠かない。

横綱が日本に帰ってきた!と囃す。第77代横綱稀勢の里は、第65代貴乃花(1995年)、第66代若乃花(1998年)の若貴兄弟以降19年ぶりの日本人横綱という。

若乃花以降は67代武蔵丸(ハワイ)、68代朝青龍(モンゴル)から69代白鵬、70代日馬富士、71代鶴竜と外国勢が続く。

力士の人気のバロメーターの一つに、取り組みにかかる懸賞金がある。土俵に呼び上げられると、すかさず呼び出し達がスポンサー企業の垂れ幕を観客に見せて土俵の周りを練り歩く。公共放送のNHKはその時はカメラを引いて遠景にするが、場内放送ではスポンサーの社名が一々紹介される。

興行時間の制約上、相撲協会に予め認定登録された企業しか出せないし、最大本数も一勝負61本と制限された。61本は27年(2015)初場所の白鵬の33度目の優勝、今年初場所の稀勢の里の優勝時だった。

四横綱が揃った今場所、稀勢の里が先場所、日馬富士に投げつけられての胸筋断裂の負傷が癒えず、早々に戦列を離れた。その前に横綱鶴竜も連敗して休場届を出した。

大関は負け越しても番付が下がるだけだが横綱は負け越しは許されない。それで診断書を出し休場届を出す。横綱特権と言われる。白鵬も先場所は怪我を理由に途中休場した。

興味の焦点は白鵬の35回目の優勝達成なるか、高安の大関昇進なるかに移った。白鵬が千秋楽で日馬富士との横綱決戦を制し、一躍ヒーローとなった。

さて話は全く変わるが、私は力士の体型を見ていて、かねて疑問に思う点があったので、昨日、このホームのクリニックに先週やって貰った血液検査の結果を聞きに行った折に、かかりつけ医であるH先生に愚問を発した。

「先生、相撲取りには男にしては女性のFカップほどに巨乳もいるし、太鼓腹のあんこ型もいますね。あれは何が入っているのですか?筋肉ですか?脂肪ですか?」

「脂肪ですよ。女の人のおっぱいも殆ど脂肪のかたまりです。相撲ほど人工的に体型を作り変える格闘技はありませんよ。」とドクター。

「ははあ、投げつけられたとき脂肪がクッション材となって衝撃を吸収するのですかね。
重量=力という西洋的発想では、かつて日本発祥だった柔道が国際化して体重別にクラス分けされてしまいました。小よく大を倒す技(わざ)とか気合という要素は考慮の外ですかね」

「引退した後、如何にバランスよく脂肪が落とせるかが大事ですね」とドクター。

次の予約患者が来ているらしかったので、お喋りを切り上げた。
考えてみると脂肪がたぶたぶしていない、筋肉質の力士もいる。そういう力士は怪我が多いようにも見える。
「一番、一番、自分の相撲をとって結果を出すだけです。」どの力士もインタビューで言う。健闘を祈る。

蛇足ながら糖尿病の持病がある私の血液検査は、血糖値のチェックが主目的だったが、結果は血糖値(グルーコース)107、HbA1c 6.5でまずまずの結果だった。
るい痩で体重不足だから、ちゃんこ鍋でも食べてもうちょっと太りたいところだ。

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容共排日」情治国家の新大統領 [時事雑感]

「一国の政権が交代しようと過去の政権が外国との間で締結した条約に拘束されることは法治国家である以上当然のことである。

それを過去の条約は我々の為にならぬから、なかったことにする、と新韓国大統領は言う。

安倍首相が韓国を我々と民主主義の価値観を共有する国と持ち上げてきたが、とんでもない。彼我の価値観は180度食い違っている。

相手は法治国家でなく情治国家であることをこのblogで度々触れている。その時々の国民感情に寄り添った選択をする。

1986年夏、私は41年ぶりに仁川(インチョン)の母校、小学校と中学校を訪れたが、黒板の両端の壁に「反共」「反日」の額が掲げられていた」反共は朝鮮戦争を戦った北朝鮮に対し、反日は言うまでもなく日本である。

反日の合言葉はその後、克日となった。大統領選挙で親日的態度を見せたら絶対票は入らない。メデイアからも袋叩きに遭う。反日を叫んでも誰も表向き反対できない空気になっている。
慰安婦問題、歴史認識。竹島(独島)を今後もことあるごとに持ち出してくるだろう。

韓国が日本を敵視するのはいわゆる日帝支配35年間の恨みだけではない。かつての中華民国の世界文明の中心は中国にありとする中華思想、それに隷属していた朝鮮・韓国の小中華思想がある。
日本はその文明圏に属していなかった化外の野蛮人だった。倭奴(ウエノム)(日本人に対する蔑称)だった。

文字も、仏教も、陶磁器、織物も朝鮮から日本に伝えてやった。そんな野蛮国に征服されたことに腹が立つのである。前にも書いたが韓国・朝鮮人は「恨(ハン)」を抱いて生きている。自分の力の及ばないもの対象にする。或るときはお上(政府)或るときは自身の運命に、日本にという具合である。今では恨は日本に向けられている。スポーツでも対日本の試合は恨を晴らす時なのだ。日本にだけは負けたくないと異常に燃えるのである。

むしろ日本統治時代を体験した庶民たちは、一握りの抗日独立運動家を除いては親日的だったことはこのblogでも書いた。特に我々の年代になると儒教の敬老心の残る中・高年者層に道を尋ねると、親切に自ら先に立って案内してくれたものだ。

日本統治時代以降の世代は学校で反日教育を受けている。ソウルから南へ高速バスで1時間ほど南の天安市に金永三大統領時代に作られた独立記念館がある。

そこでは日本統治時代を、ナチスのホロコーストになぞらへ、如何に日帝が朝鮮民族を抹殺しようとしたか、如何に独立の志士たちが残虐に拷問され、殺されたかを写真、ジオラマ、マネキンを使って子供たちに教えている。何年か前、私が行った時は教師に引率された小学生の団体が何組も来ていた。

是非一度、安倍首相や日本の議員団、親韓的NHKにも行って欲しいものだ。
https://www.i815.or.kr/jp
.個人的には日本に旅行して親しみや好印象を持つ若い人も多いようだが、帰国して親日を公けに口にするのは勇気のいることのようだ。

北が原爆やミサイル実験を実施すると日本やアメリカと共に非難するのは、韓国としては気の進まないことだろう。北が南の同胞に対して原発やICBMを使う筈はないと思っているだろう。

アメリカがミサイル迎撃装置THAAD(Terminal High Altitude Area Defense missile)を持ち込むのは内心迷惑に違いない。中国はTHAADの韓国配備に猛反対である。韓国は板挟みになっている。その事情も日本としては忖度してやるべきではないか。

蛇足ながら韓国では北朝鮮のことを北韓(プツクカン)、北朝鮮では韓国を南朝鮮(ナムチョソン)と呼んでいる。




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米朝接近は夢だったのか [時事雑感]

今朝ネット上に以下のようなニュースが現れた。
          ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

【北京、東京共同】トランプ米政権が北朝鮮の核・ミサイル開発放棄を条件に、金正恩朝鮮労働党委員長の訪米を招請し首脳会談に応じる用意があると中国政府に伝えていたことが8日、分かった。これに加え、体制転換や米軍による進攻などをしない「四つのノー」も保証するとしている。複数の外交関係筋が明らかにした。中国は水面下で北朝鮮に伝達したもようだ。

 朝鮮半島情勢の緊張緩和のため、北朝鮮側の態度軟化を促す狙い。空母派遣などで軍事的圧力を強める一方、中国を仲介役に説得工作を本格化させたことが明らかになり、硬軟両様で核放棄を迫るトランプ政権の交渉戦略が浮き彫りになった。

          ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

 1週間ほど前にトランプ大統領がツイートで金正恩はあの若さで競争に勝ち抜き、国のリーダーになった。インテリジェントな人物のようだ。と書いているとのニュースがあった。私自身は大統領のツイートをフォローしていないので、確たる裏付けがないが、その記事を読んだ後の、上記の今朝のニュースだ。二人の顔写真も並べられていた。

私としては素晴らしいニュースだと思い、画面をコピーしてblog原稿のファイルに入れた。それが
冒頭の☆印で区切った文である。

その後のテレビニュースを待っていたが、どの局も一言も報じない。韓国の大統領選挙のニュースばかりである。まさかガセネタだったのか。国会中継でも誰も触れない。北朝鮮はけしからんということばかりである。

偶然その時、このホームに出入りしている顔なじみの銀行の女性から別件で電話があったので、私はグッドニュースがあるよと上記のニュースを読み上げた。彼女も驚いていた。ガセねたなら私は彼女に嘘をついた形になった。

誰がなっても反日的な韓国大統領の選挙ニュースより、上の米朝会談の方が大ニュースなのに残念である。

後でよく見ると「北京 東京共同」という通信社はない。やられたか!物事はこちらにかねがねそうなって欲しいとの願望があるから鵜呑みにしてしまったのか。

改めてネットで探しても忽然と消えてしまっていた。


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ニュースこぼれ話 [時事雑感]

連休でもあまり歩かぬようにとドクターストップの身だから、徒然にタブレットに入ってくるニュースを見ている。またしても英国BBC発の興味深い1篇があった。

Patient dies after 54 years in hospital(54年間入院中だった患者が死去!
前回の世界で最も重い女性エマさんのニュースと同じくBBC本文は英語だが頭の体操を兼ねて要約する。
JamesMorris.jpg

James Morris ジェームス・モーリス元兵士は1962年スコットランド兵としてドイツに派遣されていた時、交通事故に遭う。外傷は鼻骨、大腿骨を負傷しただけだが、脳の一部を損傷し入院したが、手術台の上でcardiac arrest心拍停止を起こし植物状態にななった。術後North Lanarksshire、AirdrieのWester Moffat Hospitalウエスター・モファット病院に移送された。先月75歳で死去した。入院したのは弱冠21歳の時だった。
JamesMorrisat young.jpg

BBCがニュースとして取り上げたのは、一つの病院でこれほど長く入院が認められたケースはイギリスでは前例がないという点だ。

Coatbridgeコートブリッジから来た弟のカール・モーリス氏は、兄は殆ど喋れなかったが、辛うじて3語、home(実家)、pub(居酒屋)、馬の3語を発声することができた。兄の好きだったものだ。それで病院は時々兄をパブに連れて行ってくれたようだ。

ウエスター・モファット病院の主任看護師ヘレン・ライアンは、ジミーは長い間ここにいて物静かな人だったので病棟の誰からも好かれていました。ご遺族に心からお悔やみを申し上げますと語った。

弟のカール・モーリス氏は、独りの患者をこれほど長く診てくれた病院のスタッフの対応は実に素晴らしかった。感謝している。またNHS(National Health Service.国立保健局)にも感謝してやまない。
兄の悲願を叶えてやるため亡くなる1週間前に実家へ連れ帰ったという。

(訳注:NHSは難病や生活困窮者は国費で医療費を補助する)

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世界一重い女性 後日譚 [時事雑感]

このblogの昨年12月9日付で「ニュースこぼれ話・世界一重い女性」と題し英国BBCニュースを取り上げた。エジプトのEman Ahemed Abd El Aty(略してエマンさんとした)は推定体重500kgと現時点で存命する人間としては世界一で、インドのムンバイのサイフィー病院で体重削減手術を受けるというニュースだった。その後日譚が昨日付のBBCニュース電子版で報道された。

念のために12月9日の記事の一部を再掲する。
「最近英国の国営放送公社BBCで取り上げられた、現時点で生存する世界で最も重い女性はエジプトのEman Ahmed Abd El Aty (名前が長いから以下エマンと略す)。エマンさん(33歳)の推定体重は500kg. 自分では動けない。母親と姉が介助している。最近軽い脳梗塞にかかり寝たきりになった。500kgが本当なら、これはギネスブックの現記録ホルダー、アメリカのポーリン・ポッターさん、292kgをはるかに上回る世界最重女性の出現だというニュースである。

このほどインドのムンバイの病院で体重削減手術を受けることになった。普通の飛行機には乗れない。チャーター便になる。カイロのインド大使館にビザ発給を申請したが1人では旅行不可能と拒否された。

彼女の手術を担当するLakdawala医師は、これまでインド政府閣僚たちの手術をした実績があり、たまたま腎臓移植のため入院中のインド外務相(女性)に訴えたところ。インド外務省がエマンさんを全面的に支援することになった。

エマンさんの家族によると彼女はもう25年間、外出したことはない。生まれたときの体重は5kg、11歳の頃から急速に大きくなり過ぎて歩くことが出来ず這っていたそうだ。医師から寄生虫性の疾患で骨や内臓が異常に膨れる象皮病と診断されたという。

エマンの姉がムンバイの病院のラクダワラ医師に連絡してきたのは昨年10月のことで、医師は象皮病ではない、肥満に繋がるリンパ障害と判断し、手術をするため募金活動を開始した。

体重削減手術は物理的に胃を縮めて少量の食物で満腹感を感じるようにするのだという。
今週にエマンさんはミンバイに到着するが手術のため2~3か月の入院が必要だし、帰宅しても体重を100kgまで落とすのに2~3年かかるだろうとラクタワラ医師は言う。」

さて、後日譚はここから始まる。

今回報じられエマンさんの姉Shaimaa Selim(sisterとあり、姉か妹か判らないが一応姉シャイマ-
さんと略すことにする)と病院側の悶着だ。

先週病院側はエマンさんの体重は250Kgまで落としたと発表した。

世界で最も体重が重いとされてきたエジプト人女性エマンさんの姉は手術をした医師たちは嘘をついていると非難している。

エマンさんはインド、ムンバイの病院で体重削減手術を受け、先週医師団は体重が250kgまで減ったと発表した。

だがエマンさんの姉は、それは事実でない。妹の健康状態はデリケートで脳卒中(stroke)
になっているようだと言う。

病院側は激怒して非難を撥ねつけている。論争は月曜日にエマンさんの姉シャイマーがSNSに短いビデオを投稿し、妹は今も話すことも動くことも出来ず、病院が言っているほど体重も減っていないと。

火曜日、シャイマーさんはBBCの取材に対し、病院は減量について嘘をついている。手術を主導した医師ラクダワラ博士は術前、術後の体重も測っていない。

妹の健康状態はデリケートで、酸素の取り込みが正常でなく、常時酸素マスクを着けていなければならぬ。口から食べたり飲んだりできないので鼻から胃までチューブがつけてある。

しかし病院のスポークスマンはBBCにエマンさんの体重を月曜日に再度測ったところ172kgだったと言う。ラクダワラ医師はツィートで姉の非難を強く否定した。
「シャイマーさん、あなたは人類愛を暴言で吹き飛ばした。あなたは自分が何をしたかを認めれば神様だけが許してくれるでしょう。私はエマンさんの為に治療を続け祈ります。」

エマンは11歳の頃から脳卒中を起こし、25年間も寝たきりだった。去る1月特別チャーター便でインドムンバイのサイフィー病院に運ばれ、ラクダワラ医師の率いるチームによる肥満手術を受けた。

病院側は、エマンさんは今では車椅子に長時間座って居られるようになったと減量手術後の写真を公開した。

Before
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After
blog20170426_after.jpg

告発した姉シャイマーさんは窮地に陥っている。病院側はエマンの治療は大体完了した。間もなくアレキサンドリアへ帰宅させることができるという。

このようなケースは世界の他の国でも生じている。アメリカをはじめ肥満患者の多い国では体重を正常に戻すまで1年も2年も入院する。

「でもここでは手術後1か月や2か月で先生たちは妹を連れて帰れると言うのよ。一体どうやって!先生方に聞きたい。妹はまだ大きいし、エジプトに帰ってもし何かあればどうやって病院に連れて行くのよ!そんなこと不可能だしエジプトでは誰も私を助けてはくれないわ。どうかお願い。お願いだからここにいさせて、妹がもっと痩せるまで。」

Bariatric surgery肥満手術、またはweight loss surgery減量手術は,肥満が危険な状態
(BMIが40以上または35以上で肥満に伴う疾患がある場合)の最後の手段として執られる。

最後に私事ながら筆者Old JoeのBMIは19.6 肥満度Lマイナス11です。










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ニュースこぼれ話(1) [時事雑感]

☆ トランプ大統領がAmerica Firstというと、新モンロー主義だの独善的だのとマスコミはレッテルを貼る。大統領は自国の国益の為に仕事をすると宣誓したのだ。当然のことではあるまいか。

日本の首相にしても日本の国益第一に仕事をする。もし安倍首相が私は日本の国益の為よりもアメリカの国益優先で仕事をしていると言ったらどうなるか。言わずもがなである。

☆ 北朝鮮がミサイルや核実験を行うと、それは挑発provocationだという。それに対しアメリカ、韓国が斬首作戦と名付けた合同軍事演習は挑発ではなく単に演習exerciseという。

そもそも朝鮮半島を南北に分断したのは、日本でも中国でもなく、旧ソ連とアメリカだ。歴史に「もしも」はないというが、トランプ氏は大統領になる前は北朝鮮のリーダーに会ってもよいと言っていた。もし相手が先代の金正日総書記だったら喜んでトランプ氏を歓迎しただろう。

建前としては抗美(朝鮮・韓国語・中国語でアメリカを美国と呼ぶ)を叫んでも、本音はアメリカに北朝鮮を認めて貰いたかったのだ。交渉のカードとして原爆を開発させた。このことはこのblogで前に何度か触れた。

三代目金正恩になって原爆、ミサイルの技術が加速的に進んだ。商売人のトランプ氏がdealとして金正恩と交渉始めたら、美国は遂に我々に屈したと北側は高言するだろう。タカ派の側近が多いトランプ氏はそれ冷静に聞き流せるだろうか。

フロリダで米中会談中、トランプ氏は晩餐会のデザートを食べながら習近平主席に「たった今シリヤのアサド政権に巡行ミサイル59発を撃ち込んだと耳打ちした。習主席は暫時凍り付いたそうだ。中国が北朝鮮を抑えることができないなら、アメリカがやると言った。

巡航ミサイルトマホークは人工衛星GPSで自らの現在位置を自動的に修正しながら目標物を狙うように飛ぶ。以前は予め組み込まれたプログラムで飛んだが、現在は進化してミサイルは解像度の高いカメラの目を装備している。制御は発射した駆逐艦内部か、あるいはアメリカ本国の管制室からまるでテレビゲームのように制御するので命中率は高いそうだ。59発という量は古い型の在庫整理ではないか。戦争というのは畢竟敵の基地や兵員を破壊、殺傷することだ。巡航ミサイルは味方の人命を損なうことなく敵を狙い打ちできる。

トランプ氏はオーストラリア訪問中の原子力空母カールビンソンとその護衛艦隊を東シナ海に回航させた。北朝鮮牽制のためだ。カールビンソン号はかつてテロ組織アルカイダのオサマ・ビンラデンをアメリカの特殊部隊が殺害した後、その遺体の水葬に使ったという因縁のある空母だ。

さらに昨日、原爆以外では最強の破壊力を持つという新型爆弾MOABを実戦配備後初めてアフガニスタンで使った。ISの地下拠点を狙ったとされるが、これも北朝鮮を牽制したものだろうと新聞が報じている。危険な賭けである。

 蛇足ながらに東京、大阪をはじめ日本の都市を無差別に焼き払った焼夷弾は大量破壊兵器として、ベトナム戦争で使った枯れ葉剤爆弾と共に現在は禁止されているそうだ。

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超高齢化社会を生きる(3) [時事雑感]

「つかもと創傷クリニック 塚本先生 侍史」
月曜日に新須磨病院の形成外科の辻先生が書いてくれた封書を今朝持って行った。陰圧療法の塚本医師が書いてくれた紹介状への返書である。

この侍史と古典的な用語は医師仲間の慣用句になっている。語源は貴人に直接渡すのは畏れ多いので、あなた様のご祐筆(秘書)に差し出します。という意味だそうだ。

常に最先端の理論、技術を追究する医療の世界にこの時代がかった敬称が残っているのは面白い。

診察券に添えて受付に出す。陰圧療法は通院では出来ないとの回答であろう。順番がきて呼び込まれた処置室で塚本医師に言った。

「もうここへ来て3年が過ぎました。こうなったら昨年はお断りしたものの、この際4週間くらいなら入院して、皮膚移植なり、陰圧療法なりやってもらいます。今の状態ではどこへも行けず、私に残された時間も少なくなりました。早く治したいです」白旗を掲げた。

「うーん、取敢えずはこれまで通りフィブラストスプレー(科研の細胞製剤)をした後、新須磨病院で出された被覆材を小さく切って、傷に嵌め込むようにしてテープを貼ってみてください。軟膏を塗るのは一旦止めてみましょう」ボールは先生の方に投げ込んだ。

帰ってくるとテレビニュースが京唄子さんの訃報を報じていた。89歳同年である。

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